第640話、ラストフライト
「うわっ……!」
「お目覚めになられましたか、ソウヤ様?」
視界にあったのが、聖女服のレーラ。もしかして膝枕されてる?――ソウヤは何度も瞬きした。……曇り空が見える。
「ここは?」
「プラタナム号の甲板です」
答えるレーラ。直後、雷鳴のような魔王竜の声が轟いた。天にも届く長さになった魔王竜と、その周りをミストドラゴンとクラウドドラゴンが飛び回っている。
「奴に飛び移ろうとして、落ちた」
ソウヤは起き上がる。
「何で生きてる、オレは?」
「クラウドドラゴン様が、ソウヤ様をお連れしたのです」
レーラが答えた。感電し落下するだけだったソウヤだが、それを拾ったのは下にいたクラウドドラゴンだったらしい。
ひょっこり、視界にヴィテスが現れる。
「レーラにも感謝することね。あなた、全身火傷で酷い傷だったんだから」
「そうだったのか……」
それで意識を無くしたのか、と納得しつつ、ソウヤはレーラに「ありがとう」と礼を言う。
「いいえ、勇者を助けるのが聖女の使命。お気になさらず。――それよりも」
「魔王だな」
あれを倒さなくては、この戦いに決着はつかない。人類と敵対し、ヴェルト大陸にファイアードラゴンとその眷属を呼び込んだ災厄。これ以上の人類への犠牲は、勇者として断固阻止する。
「しかし、あいつに触ろうとしても、雷にやられちまった……」
あれだけ大きいとなると、いかに勇者といえど簡単にはいかない。何より剣で挑んでも雷のカウンターを喰らってしまう。
かといって、飛空艇の電撃砲をいくら集めても効かないだろう。ドラゴンのブレスの直撃にも耐える装甲を持っているのだ。
「触れれば、一番簡単なんだが」
「防御魔法を」
レーラが言った。
「でも、軽減はできるでしょうが、完全には防げないかも」
「さすがに危険。一か八かの賭けをすべき時じゃない」
ヴィテスが指摘した。
「でも、雷に耐性のある電撃無効魔法なら、防げるはず」
「使えるのか?」
「使えない」
ヴィテスは首を横に振った。
「でも、銀の翼商会には六色の魔術師がいる。彼女に頼めばいいわ」
「ソフィアか!」
エンネア魔法大会において、火、水、氷、土、風、雷の六属性全てを制した魔術師。異世界に消えたジンの弟子にして、人類最強クラスの魔術師に成長した彼女がいる。
「今、彼女はゴールデンウィング号か?」
ソウヤは立ち上がった。
「プラタナム、ちょっとひとっ走りして、ゴールデンウィング二世号に合流する!」
『その必要はありません』
甲板にいるが、きちんとプラタナムには聞こえていて返事があった。しかし、ソフィアに会いに行こうとしているのに、必要ないとは?
『ソフィアの位置確認、終了。捕捉しました。転送します』
――転送!
そうか、プラタナムはクルーを転移できたのだ。ソウヤは、プラタナムが識別できる交信用リングがあるから、それでゴールデンウィング二世号に転移して、用を済ませた後、戻ってこれば――
唐突に光が現れ、ソフィアが、プラタナム号の甲板に現れた。
「え……? ええっ!?」
いきなり転送されたソフィアが驚きの声をあげて、ソウヤもまた目を回す。
――え? オレが向こうに行くんじゃないの?
まさかソフィアを呼ぶとは思わず、絶句してしまう。
「ななっ、何で私、プラタナム号にいるのよ!?」
「まあ、そうなるわね」
ヴィテスがため息をついて事情を説明。
「魔王に食らわせるために、ソウヤに電撃無効魔法をかけなさい」
「なんであなたは、年下のくせに上から目線なのよ?」
「私の方が背は低いから、下から見上げているんだけれど?」
ヴィテスは上目遣い。この大人知識を持つ子供ドラゴンは、もちろんわかってやっている。言い争っても、記憶と経験量で太刀打ちできないのを悟ったソフィアは溜め息をつく。
「わかった。ミスト師匠とクラウドドラゴンが戦っているから、はやく済ませるわ」
そう言ってソフィアは杖を掲げると、ソウヤに対電撃魔法を掛けた。
「まったく。魔王がまさか電撃をまとっていて、殴りかかると感電しちゃうなんて、性質が悪いわね」
「ソフィアが対電撃魔法を覚えていてくれて助かった。恩に着るぜ」
ソウヤは礼を言った。そうとも、ジンやイリクといったベテラン魔術師がいない今、銀の翼商会で一番の魔法の使い手はソフィアとなる。
思えば、呪いのせいで魔法が使えず、もがいていた彼女が、王国一の魔術師になり、魔王退治に効果のある魔法を使って勇者を助けることになるなど、誰が予想できただろうか。
「な、何よ……?」
ソフィアが何故か照れたような顔をした。
「いいや、何でも。ありがとうな。俺は仲間に恵まれた」
ここにいるレーラにソフィア、ドラゴンたち。銀の翼商会の仲間たち。
「プラタナム。俺以外の全員を、ゴールデンウィング二世号に転送」
「え?」
『了解』
ソフィア、レーラ、そしてヴィテスやドラゴンたちが驚く中、プラタナムは彼女らを転移させる。
「ソウヤ様……ご武運を――」
何かを察したようなレーラの声がかき消えた。ソウヤはすっと深呼吸する。
「ありがとう、レーラ。……それとプラタナム」
『いいえ、勇者ソウヤ』
「すまないが、オレは空を飛べない。プラタナム、オレを魔王のもとまで連れて行ってくれ」
『お任せを。これが最後のフライトかもしれませんが、最後まで勇者のお供ができたのなら、これに勝るものはありません』
――すまんな。
あの巨大な魔王竜の懐に飛び込めば、飛空艇の大きさからいって、まず被弾は避けられない。ミストやクラウドドラゴンでさえ、ギリギリなのだから、勇者遺産であるプラタナム号も最悪撃沈もあり得る。
それがわかっていても、魔王打倒のために飛び込まねばならないのだ。となれば、クルーはいないほうがいい。
――オレ以外は。
「プラタナム、やってくれ」
『了解! プラタナム号、発進します!』
勇者を乗せた白き船は加速した。
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