第639話、勇者 対 魔王竜


『貴様が、勇者か!?』


 圧倒的な威圧感。巨大な灰色竜を横目に、ソウヤは返した。


「だったらどうした!」


 ――この感覚、覚えがあるぜ……。


 勇者として戦った魔王。そのプレッシャーに。


「そういうお前は、今の魔王か!?」

『いかにも! 私はドゥラーク。魔族を統べる魔王なり』


 反転してきた灰色竜。魔王ドゥラーク――こいつが魔王軍の親玉だ。


「ならば答えよう。オレはソウヤ。十年前に、魔王を倒した勇者だ!」

『ソウヤ!』


 灰色竜からのプレッシャーが強くなった。そしてその口腔が輝き――


「ミスト!」

『わかってる!』


 回避。凄まじい電撃が走り、神経が逆立った。轟いた雷鳴に左耳が痛くなった。すれ違うミストドラゴンと魔王竜ドゥラーク。


 手を伸ばせば……残念。互いに届かない距離。ミストドラゴンが羽ばたく翼がある分、併走して、先代魔王と同じくアイテムボックス封印はできない。


 いっそミストの背中からジャンプして――などと考えた時には、魔王竜は過ぎ去っていった。


 そして振り返り気づく。魔王竜のブレスによって、大地にいくつもの爆発が起きたのを。


 ――やばい威力だ。


 近接で魔王竜を攻撃するのは、ミストドラゴンに乗っている限りはほぼ不可能。それなら、とソウヤは、アイテムボックスから神聖剣を取り出す。後生大事に取っておいた剣を、ここぞとばかりに投入する。


「たとえぶん殴れなくても――!」


 神聖剣の先に光を集めて、飛ばす! 魔王竜の体に光波を飛ばし、その鱗に傷をつける。


「大して効かねえ!」


 並の魔物なら、そのまま消滅してしまうような神聖剣の一撃でも、まったく怯む様子なし。魔王竜が大き過ぎるせいか。


『だったら!』


 ミストドラゴンがドラゴンブレスを放った。それは魔王竜の長い体に傷をつけたが、それだけだった。


『気のせいかしら。どんどん大きくなってない?』


 ミストの指摘どおり、魔王竜はどんどん長くなっているように見えた。ミストドラゴンが小さく感じられるほど、魔王竜は大きくなっていく。


「だが、大きくなるってことは、それだけ乗りやすくなるってことだよな!」


 ソウヤは唇の端を吊り上げた。普通に殴り合える大きさではない。それこそ人間が城壁を殴るようなもので、いかに豪腕勇者のソウヤでも、限度がある。


「ミスト、上昇だ。オレがヤツの体の上に飛び乗る!」


 そしてアイテムボックスの時間経過無視空間に放り込む。これで解決!


 雷が鳴った。クラウドドラゴンが、魔王竜を攻撃したのだ。だが伝説の四大竜の一撃をもってしても、魔王竜の強靱な鱗がそれに耐えた。


 恐るべきは魔王!


『やるの、ソウヤ?』

「ああ! あれはもう攻撃云々って大きさじゃないだろ」

『了解!』


 ミストドラゴンが垂直に近い角度で急上昇する。落ちないようにしがみつき、横目で、魔王竜の体を見やる。ところどころ輪になるように体を巻いている。まっすぐ体を伸ばしたら、もう数百メートルはあるのではないか。


 ――デカ過ぎるんよ、魔王さんよ……。


『ソウヤ!』

「行ってくる! 落ちたらキャッチしてくれよ!」


 ミストにお願いしつつ、ソウヤはその背中からジャンプした。びゅうびゅうと風が鳴る。眼下の景色が、もう相当な高さであり、高所恐怖症なら真っ青だ。


 魔王竜の体に乗れるよう飛んだが、届かずに落ちたらどうしよう、などと頭の中をよぎった。あるいは上手く乗れなかったり、乗ったが勢いがつきすぎて滑り落ちたり。


 ほんの一瞬に、色々考えてしまうくらい凝縮された時間。ソウヤは、魔王竜の体に飛び乗り――バチリ、と稲妻が弾けた。


「!?」


 ソウヤは、放電する魔王竜の体に乗り、その強烈な電撃を受けてしまった。


 ――あ、やべ……。


 刹那によぎった後悔。感電して動かない体。ソウヤは、そのまま落下した。


 ――くそ、ヘマをした……!


 触れば終わりなんて、決着を焦ってしまったのか。電撃のブレスを放ったところから、雷属性を持ち、それを放電する能力があることも想像しておくべきだった。


 ――これはさすがに、ミストも間に合わないかも……。


 為す術なく落ちるソウヤ。そして衝撃が襲った。



  ・  ・  ・



 その頃、銀の翼商会所属の飛空艇ゴールデンウィング二世号は、人類連合艦隊と行動を共にしていた。


 魔王軍とファイアードラゴンの眷属をぶつけ、魂収集装置で一挙に無力化する作戦――プラタナム号とサフィロ号が、その作戦を成功させたら、敵残存兵力の殲滅と、おそらく残っている天空城の制圧を、人類連合艦隊がやるという段取りとなっていた。


 ゴールデンウィング二世号のブリッジで操舵輪を握っていたライヤーは、通信機を通してプラタナム号と交信していた。


「――天空城は見えないが、何か馬鹿でけぇ竜みたいなのが見えるが! どうなってるんだ!?」


 通信のやりとりを、セイジとソフィア、そしてガルが見守る。


「――ああ。さっきの渦は異世界への門だぁ? エイタたちは元の世界に帰った? ああ、それで――え、ジイさんも異世界に行っちまっただぁ!?」


 ソフィアは青ざめた。ジンが異世界へ――魔法を教わった師匠がいなくなったと聞いて、穏やかではいられない。


「天空城は旦那がアイテムボックスに……? ほっ、ひとりで片付けちまったのかよ! 凄ぇなうちのボスは。……え、あの竜は魔王!?」


 魔王、と聞いてセイジは、ゴクリと唾を飲み込んだ。


 あの巨大な竜が、新しい魔王。遥か彼方からでもうっすらと見えるその巨体。それにソウヤが立ち向かっていると。


 ――なんて勇敢なんだ……!」


 セイジは思った。十年前に魔王を倒した勇者ソウヤ。彼はいつ如何なる時も、如何なる相手でも、怯むことなく立ち向かっていく。


 彼こそ、本物だ。


 ――本当、あなたと言う人は……。

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