第638話、天空城、消える


 ソウヤはミストドラゴンの背に乗って、浮遊城――天空城へ直進していた。


 空に浮かぶ島とその上に建つ城。エイタたちのいた霧の海世界に浮かんでいる浮遊島もこんな感じなのだろうか。


 ふと思ったソウヤだが、そこへ先導するクラウドドラゴンの念話がきた。


『障壁がかなり弱くなっている。これなら突破も楽そう』

「ファイアードラゴン様々だな」


 魔王軍と衝突したファイアードラゴンとその眷属たち。その攻勢で、天空城の防御が弱くなったようだ。


 相好を崩すソウヤに、ミストは言った。


『最初の想定と作戦がだいぶ違うけど、本当にいいの?』

「いいんだ」


 最初に考えた攻略案――ドラゴンたちの力で障壁を突破。ソウヤがドラゴンに乗って、天空城に上陸。アイテムボックスで運んだ上陸部隊を展開する。


 だが今回、ソウヤはアイテムボックスに銀の翼商会の仲間たちや、上陸部隊を入れてこなかった。完全に、クラウドドラゴン、ミストドラゴンとソウヤのみなのだ。


「大丈夫、もっと簡単だ」


 わざわざ皆を付き合わせる必要はない。そう呟いたソウヤに、クラウドドラゴンの念話が飛び込む。


『障壁、突破する』

『ソウヤ!』

「おう!」


 ミストドラゴンの背で姿勢を低く身構えるソウヤ。一瞬、壁のような光がクラウドドラゴンの前で弾け、ついでミストドラゴンがその光にすれ違った。


「抜けたか!?」

『抜けた!』


 猛スピードで飛んでいるからあっという間だった。天空城を守るバリアをドラゴンたちは突破したのだ。


『気をつけて!』


 クラウドドラゴンが警告した。


『強い何かが、来る……!』


 その瞬間、クラウドドラゴンが右に、ミストドラゴンが左へと動いた。間を光の一閃が通過する!


「攻撃っ!?」


 天空城の防空システムか。攻撃してきたと思われる場所に目を凝らすソウヤ。


「……人間?」


 光る剣を持った銀髪の青年。しかし身にまとう黒い重甲冑にマントと相まって、戦士としての貫禄を感じさせる。

 人のように見えるが、その威圧的なプレッシャーは、かつて魔王から感じたものに近い。


 ――あいつが新しい魔王か……?


 その男は飛んだ。瞬きの間にクラウドドラゴンに迫り、その首を落とすべく光の斬撃を放ったのだ。


 しかしさすがは風を司る大竜。奇襲にも似た瞬間移動に反応して、からくも避けきった。


「クラウドドラゴン!」

『行きなさい、ソウヤ』


 天空城へ――クラウドドラゴンは、驚異的なスピードで迫る敵の攻撃をかいくぐる。ここは空の上である。それにもかかわらず、クラウドドラゴンに反撃させない素早さ。やはり只者ではない。


「無理するなよ? 命は大事にな!」

『ワタシを誰だと思っているの、ソウヤ』


 攻撃を回避しながら誘導するクラウドドラゴン。


『人に心配されるような存在ではないわ。……そうでしょ、ミスト?』

『ええ、ワタシたちはドラゴン。世界で最強の種族よ!』


 グンとミストドラゴンは加速した。そしてあっという間に、天空城を構成する浮遊島へとたどり着いた。


『ソウヤ!』


 霧竜の背中から、ソウヤは飛び降りた。踏み締める天空城のある島の大地。


 周りには、城も含めて多数の魔族と、強い奴らもいるのだろう。かつての勇者パーティーが殴り込みをかけた魔王城のように。


 銀の翼商会や元勇者パーティーの仲間たちで乗り込んで、魔王軍と戦い――傷ついて、命を落とすかもしれない。


 戦いの末、たとえ勝っても一生残る傷を負ったり、戦死したり――そういうのは御免だ。


 ソウヤは思う。仲間たちの誰も傷ついてほしくない。死んでほしくない。


 ここまで連れてきてくれたミストや、クラウドドラゴンをはじめ、アクアドラゴンや影竜親子。


 セイジ、ソフィア、ガル、オダシューら元カリュプスメンバー、ライヤー、フィーア、カエデ、ティス、サジー、ヴィオレットたち。


 レーラやリアハ姉妹、カマルやカーシュ、ダル、フラッド、メリンダ、コレルと獣たち……。


 だから、さっさと終わらせよう。


 ソウヤは浮遊島に手を当てて、一言。


「収納」


 その瞬間、天空城を含めた浮遊島は消えた。アイテムボックスに城まるごと、そこにいた魔族たちも収納したのだ。

 飛空艇だって、中に人が乗っていても収納できたのだ。ならば、この空飛ぶ城も、まとめて収納できるのではないか――その目論見は正しかった!


 ソウヤの持つ神のギフト、何でも入るアイテムボックスは、文字通り、天空城と中にいたものすべてを飲み込んだ。


 十年前、往生際が悪い魔王を捕らえたように。



  ・  ・  ・



 踏みしめていた大地が消えた。魔族の巣窟である天空城が消えて、ソウヤの体は宙を落下する。


 ――そりゃあ足場が消えれば、そうなるわな。


 このまま地面に叩きつけられて死ぬ――なんてこともなく、ミストドラゴンが駆けつける。


『ソウヤ!』


 その背中にうまく飛び乗った。


「さすが相棒。お早いリカバーで」

『ワタシを誰だと思っているの?』


 挑むように、しかし笑っているような念話が届く。だが――


『ふたりとも、気をつけて!』


 クラウドドラゴンの念話が割り込む。とっさに顔を上げれば、灰色の体躯の蛇――いやドラゴンというより竜というスタイルのそれが、牙を剥いて突っ込んできた。


「ミスト!」

『躱す!』


 ミストドラゴンは、灰色竜の攻撃を見事に回避した。だが通過する蛇のような灰色竜の体は異様に長く、巨大だ。


『よくもやってくれたな!』


 男の声――おそらく灰色竜からの念話。


『貴様が、勇者か!?』

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