第636話、異空間の渦


 魂収集装置は途中で止まった。しかし直後に現れた空の渦が、周囲のものを引き寄せはじめ、生き残りのドラゴンの眷属や、乗員を失った魔王軍飛空艇が為す術なく吸い込まれていく。


 かなりの風が吹き荒れていて、引き寄せられたもの同士が激突し、バラバラになる光景も散見された。


 戦場から離れた位置にいるプラタナム号から、ソウヤたちは状況を監視する。青き異世界飛空艇サフィロ号も、その渦の流れに乗り始めていた。


『――やあ、ソウヤ』


 通信機から、そのサフィロ号に乗っているジンの声が入った。


「爺さん、無事か?」

『今のところはな』

「一体、何がどうなっているんだ?」

『話せば長くなりそうなので、手短に言うが、リムが、集めた魂を使って異世界の門を開いた』

「門って……あの渦のことか?」


 異世界からやってきたエイタ船長たちサフィロ号。霧の海世界からこちらへ来た時も渦を通ってきたという。


『ここで唐突な話だが、サフィロ号は、このままドラゴンの眷属や乗り手のいなくなった飛空艇もろとも、霧の海世界へと帰還する――ということで、エイタ』

『あー、ソウヤ』


 通信機から、ばつの悪そうなエイタの声が聞こえた。


『急な話で悪いんだが、おたくら銀の翼商会との契約はここまでだ。こっちとしてもこのタイミングは予想していなかったが、開いてしまったからにはこの機会を逃すわけにはいかない』

「本当に唐突なんだな」


 ソウヤは、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような寂しさをおぼえる。急な別れ――別世界へと行ってしまえば、二度と会えないだろう。


「だが、そういう契約だもんな」


 護衛として雇う期間はなし。だが元の世界に帰る手段が見つかったら、そこで契約終了と、最初の時点で取り決めていた。そして、エイタたちの都合を優先していい、とソウヤ自身が言ったのだ。


「ボーナスを渡し損ねたな」

『なに、退職金代わりに、魔王軍の飛空艇をもらっていくさ。売ればいい金になるだろう』


 エイタのその言葉に、ソウヤは苦笑した。


『ついでに、ドラゴンのお供は、こっちの世界へ招待するから、そっちの世界の迷惑にはならんだろう』

「霧の海世界には迷惑だろう? 大丈夫なのか?」

『あいつらは、まず自分たちが降りられる足場を探す必要があるだろうな』


 皮肉げにエイタは言った。


『まあ、心配するな』


「わかった。ありがとう。そっちの世界でも頑張れ、戦友」

『ああ、またな』


 そこで、エイタとの通信が切れ、ジンに切り替わった。


『ということで、私もちょっと向こうの世界に行くことになった』

「爺さん!」

『仕方ない。これだけ強い渦の中だ。今からでは脱出もできんよ』


 サフィロ号はすでに渦の流れに乗っている。乗員が残っている敵飛空艇や、ファイアードラゴンの眷属たちが渦から逃げようとしているが、抵抗も虚しく中心へと飲み込まれていく。


「プラタナム、あの渦の流れを突っ切れるか?」

『外周付近ならば。ですが、すでにサフィロ号はかなり内側にあるため、あの辺りでは、入れば私でも抜け出せません』


 元々サフィロ号の比較的近くで渦が発生している。帰る気満々だっただろうリムからすれば、それほど遠くに渦を作る意味もない。


「くそっ」

『あー、ソウヤ。間違ってもこっちへ来ようとするなよ』


 ジンが注意するように言った。


『君はこの世界の勇者だからな。後をきちんと見届けないといけない』

「それを言ったら、あんたもこの世界じゃ、王様だろうが!」


 伝説のクレイマン王として、この世界では一大国家を築いた。日本人であり、銀の翼商会では彼のコネクションに大いに助けられた。


 そして魔王軍に対して、共に戦ったかけがえないのない友である。エイタたちは元の世界に帰るだけだが、ジンは違う……!


「あんたには、色々借りもあるし、お礼だってまだしてないんだ! ここでいきなりお別れなんて、納得できるかよ!」

『あぁー、何をそんなに感情を高ぶらせているんだ、ソウヤ?』


 ジンは困ったような声を出した。


『君の気持ちは友人として嬉しいがね、忘れていないかな? 私は異世界トラベラーなんだよ?』


 かつて、彼は自分がクレイマン王だと明かした時、放浪者だと言った。


『一度いた世界なら戻ってこれる。だから向こう側が安定したら、すぐに戻ってくる。何も、心配することはない』


 跳躍魔法によって、様々な異世界を渡り歩く、不老不死の男。彼が訪れた8番目の世界。そう、彼は異世界を超えることができるのだ。


「今生の別れじゃなくて安心した」


 本心から伝えるソウヤ。通信機の向こうの声が笑った。


『一期一会ともいうが、さすがにそちらの世界の顛末を知らずに去ったままというのは、枕を高くして寝ることができなくなりそうだからね』


 ジンは声の調子を変えた。


『こちらの渦でできるだけ敵も異世界へ飛ばすが、幾何かの眷属や魔族……何より浮遊城が残っている』


 渦に引き寄せられていく敵対勢力だが、浮遊城はその大きさのせいか、はたまた何らかの防御効果なのか、ほとんど動いている様子がない。


『これもある意味、想定のひとつだ。魔王との決着に手助けはできないが、頑張ってくれ』

「まあ、こっちは任せてくれ。大丈夫、何も問題はない」


 ソウヤは、快活に返した。自分で言ってみて、過去何度もそう言ってきたのを思い出す。


 ――勇者だもんな。


「それじゃ、爺さん。……また会おう」

『さらばだ、友よ。君とこの世界に幸運あれ』


 通信が切れた。他が渦に抗おうとしている中、サフィロ号は加速し、自らその中心へと突入していった。


 ――じゃあな、戦友。

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