第635話、リムの企み
魔王軍飛空艇艦隊と、ファイアードラゴンの軍団が激しくぶつかる中、眼下、地表一帯には深い霧が発生していた。
そしてその霧の中にサフィロ号は潜んでいた。上では死闘が繰り広げられ、バラバラと飛空艇の残骸や、魔族兵、あるいは眷属の死体が落下してくる。
サフィロ号船長のエイタは、口の中の渇きを感じた。すぐそばで操舵輪を握っているサフィーを一瞥する。
「落下物注意。……と言っても、難しいな」
「そうだね」
少女の姿をした管理精霊であるサフィーは、頭上に意識を向けている。すっと舵を動かし、落ちてくる装甲ワイバーンの死骸を避けた。
――生きた心地がしない。
エイタは甲板に目を向けた。
「ジン! 準備は?」
「どうかな。このポンコツのご機嫌次第といったところだ」
魂収集装置。今回の作戦における要。特別製の台を作り、その上に固定してある。装置の設定で効果範囲をいじってあって、サフィロ号より上方にいる生命体に反応する。
サフィロ号の構造上、本来なら見張り員がいるマストの上は、いま空っぽである。魂収集装置の餌食になってしまうから。
「リム……?」
「今よ!」
霧の中である。船からでは、上の戦いがどうなっているか、エイタたちにはわからない。霧を見通す魔女であるリムの合図が、発動の時。
ジンがスイッチを入れ、ガタガタと装置が振動した。そして光が霧を裂いて、頭上の魔王軍、ドラゴンの眷属たちを包み込んだ。
生命体が――魔族兵やレッサードラゴン、ホークマン、グリフォン、装甲ワイバーン、ファイアードレイクなどドラゴンたちが光を浴びて、魂と呼ばれる光に変わっていく。
それは幻想的であり、しかし現実に肉体の死を振りまいていた。あれだけ争っていた者たちが、容赦なく無差別に光りとなる。
「不謹慎かもしれませんが、綺麗、ですね……」
副長のヴィオラが呟けば、船員であるポーキーたちも呆然と見上げている。だがそんな空気をぶち壊すように、リムが高笑いをしはじめた。
「アハハハっ! イイっ! ゾクゾクするぅ!」
魂の叫びが聞こえているのか、霧の魔女は身震いしている。
エイタは頭上の光景から、甲板へと視線を戻す。老魔術師が操作している魂収集装置が、ガタガタと嫌な音を立てている。
「ジン!」
「これは、よろしくない、な!」
プツン、と電源が切れたように、機械が止まった。振動は収まったが、代わりに装置は沈黙する。
エイタは上空を見上げる。あれほど戦っていた双方。しかし範囲にムラがあったのか、まだまだ動いている飛空艇や、ドラゴンの眷属たちの姿があった。あの赤い鱗の大きなドラゴンは、ファイアードラゴンだろうが、それもまた健在だ。
「ジン、装置は!?」
「完全に逝ったよ」
老魔術師は嘆息した。
「さすがに全滅させるまでは保たなかったな」
「いいえ、充分よ……」
笑いを収めつつ、リムはしかし笑みは引っ込めない。
「魂は充分に集まった。ここに異世界のゲートを開くだけに充分な、ね」
リムは右手を掲げ、そこから集めた魂を生け贄に、魔法を発動させた。黒い塊――
それを戦場のド真ん中に放つと、形が崩れ、それは大きな渦へと変わった。
周囲のものを引き寄せ、吸い込む。異空間の穴が広がり、別の世界へと誘う黒き渦と化す!
「リム!」
「いつまでこの世界で遊んでいるつもり、エイタ?」
霧の魔女は意地の悪い顔になる。
「いつまでも気まぐれな扉が開くのを待っていては、お爺ちゃんになっちゃうわよ? 帰りたいなら、扉はこじ開けなくちゃ」
異世界へと引き込む渦。それに巻き込まれて霧の海世界からきたエイタとサフィロ号である。
リムは、その異世界への渦を、魔族や眷属の魂を代価に人工的に作り出したのだ。
――そうだ。こいつは人の命を生け贄に、異世界召喚をするヤツだった……!
魂収集装置なんて、彼女にとってお誂え向きの玩具であり、利用しない手はないのだ。この手順こそ、リムお得意の召喚魔法を使う流れと合致していたのに。
「まあ、いいじゃないの。この世界にとっての悪である魔王軍と破壊のドラゴンたちを、この世界から取り除いてあげるんだから。むしろ、この世界にとっては救世主よ。感謝してほしいくらいだわね」
リムは妖艶な笑みを絶やさない。
「さあ、エイタ。この世界におさらばして、霧の海へ帰るわよ。魂というお駄賃はもらっているのだからね。無駄にする方が命への冒涜。もったいなくってよ?」
ぐっ、とサフィロ号の船体が傾いた。渦は、周囲のものを引き寄せ、異空間に吸い込もうとしているのだ。
・ ・ ・
魂収集装置が発動した。
プラタナム号は、魔王軍の浮遊城――天空城をすり抜けて、離脱。ファイアードラゴンと眷属が魔王軍と戦っている最中、作戦通り、潜伏していたサフィロ号が仕掛けた。
しかし、収集装置は途中で停止してしまい、ドラゴンがまだ残っている状態で、ソウヤたちの想定外の事態が発生した。
巨大な渦が、空中に発生したのだ。
「プラタナム、あれは何だ?」
『不明です。空間に穴が開きました。大気変動、渦状の空間断裂が発生。周囲の物体が、吸い寄せられています』
プラタナムでもわからない。ソウヤは歯噛みする。いったい何が起こっているのか。
魂収集装置の範囲内にいた魔王軍の飛空艇や、眷属たちが渦に引き寄せられていく。
「サフィロ号で何かあった」
ブリッジに、クラウドドラゴンとミストがやってきた。
「あの渦の出現前に、強力な魔力を感じた」
「あのリムが、何かやったんじゃないの?」
ミストの言葉に、ソウヤは頷いた。
集めた魂を何かの魔法に利用する――作った魔王軍もその力で、かつての魔王を復活させようとしていた。リムがそれを応用して、この渦を作り出したというのは、あり得なくはない話だ。
「フィーア、サフィロ号を呼び出せ。爺さんが乗っている」
オペレーター席にいるフィーアに指示を出しつつ、ソウヤはブリッジから状況を見る。そのサフィロ号も、渦へ引き寄せられつつあった。
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