第631話、反撃開始


 ソウヤたち銀の翼商会は、魔族の秘密結社トラハダスから、魂収集装置を回収した。


 アイテムボックスに収納し、プラタナム号、サフィロ号は遺跡を離れて、ウェルド大陸へ急いだ。


「まだ気にしているのですか?」


 レーラはソウヤに声を掛けた。そのソウヤの表情は晴れない。


「ああ、すっきりしない」


 話が通じる魔族ザンダーを、見逃すと言った手前、目の前で殺されたことが気になっていた。


 別段、彼とは友人でもないのだが、一度は話が通じて、身を引くところだったのだ。そこを横合いからの奇襲で討つなど、騙し討ちようだ。


 ミストがやってきた。


「でも、あのリム曰く、ザンダーは悪党なんでしょ?」


 霧の魔女曰く、あの場にいた魔族の中で、一番強大な力を持っていて、材料さえあれば、今回のような異世界から悪神なども呼び寄せる力があるらしい。


『同類だからね。わかるのよ』


 リムは自信たっぷりに言った。二度と異世界召喚をさせない観点でみれば、ザンダーは絶対に逃してはいけない対象だったという。


 ――そういう奴を見逃していたら、ヤバかったんだろうな……。


 リムの言い分が本当であるなら、判断が甘かったと言わざるを得ない。ただ、それが事実かどうか、リムの証言しかないので何とも言えない。


 ジン曰く。


『騙されるな。彼女は都合のいい嘘を平然とつく』


 ただ殺したかったらやった、が、それを取り繕う嘘だったという可能性も否定できない。


「何にせよ、すんなり割り切れないこともある」


 ソウヤは呟いた。そうとも、簡単にどうにかなれば悩むことさえなくなる。人間は、そういう生き物ではない。


「まぁ、今は魔王軍とファイアードラゴンと、その子分どもをどうにかすることに注力しましょ」


 ミストの言葉に、ソウヤは頷いた。


「そうだな」



  ・  ・  ・



 作戦はこうだ。


 ウェルド大陸に広がりつつあるドラゴンの眷属に対して、ソウヤのプラタナム号が高速を利して攻撃を仕掛ける。単独で全てを相手にするのは、いくらプラタナム号でも難しいので、ちょっかいを出して眷属たちを誘き寄せる。


『クラウドドラゴンと互角なのです。ファイアードラゴンとその眷属では、私には追いつけませんよ』


 プラタナムは請け負った。囮役として、ファイアードラゴンと眷属を誘引し、魔王軍の浮遊城と飛空艇艦隊にぶつける。


『魔王軍は、ドラゴンをウェルド大陸に引きつけて、人類を巻き込んだ』


 ジンは言った。


『今度は、こちらがドラゴンたちを引きつけて、魔王軍にお返しする』


 敵の敵は味方――というわけではないが、敵同士をぶつける。本来、ドラゴンたちが復讐したかったのは魔族なのだから、きちんとその罪を償わせるのだ。


 そして、魔王軍とドラゴンたちをひとつの戦場に集めたところで――


『霧に潜伏していたサフィロ号が、魂収集装置を使って、敵を一網打尽にする』


 こう言った時、リムは壮絶な笑みを浮かべていた。装置が発動した時に聞こえたという魂の声が再び聞ける喜びだろうか。常人には理解できない感覚である。


『何故、サフィロ号なんだ?』


 プラタナム号でもいいと思ったソウヤだが、リムはこう説明した。


『第一に、サフィロ号は潜伏ができる。一番効果のある場所に、敵に気づかれずに移動することができる。プラタナム号が突っ込んだら、魔王軍飛空艇も迎撃してくるし、万が一の被弾で、魂収集装置が壊れても困るわ』


 絶好のポイントに到着する前や、到着し発動する寸前に装置に攻撃が命中して壊れました、では一網打尽にできない。


 せいぜい魔王軍とドラゴンたちを潰し合わせて消耗させることはできるだろうが、装置で一掃するよりも人類側も被害が出るだろう。


 ソウヤの本音を言えば、霧の魔女と恐れられたリムに、魂収集装置を持たせるのは不安しかなかった。


 彼女が気まぐれを起こして、装置を絶好のタイミングで使わなかったら、とか、魔王軍ではなく人類側に使ったら、など、あり得ないと思うことでも、この魔女に纏わる噂などから、あり得てしまうのではないか、と思うのだ。


 そんなソウヤの不安を、ジンも感じていたようで。


『サフィロ号には私も同行し、装置も私が使おう』


 エイタたちのことは信用しているが、残虐非道と言われた魔女のリムがいる時点で不安。それならばジンがいてくれたほうが頼もしいが。


『いいのか?』

『私も、自分の目の届かない場所――特にリムがいる場所に装置を預けることには懐疑的でね。それに、魂収集装置の発動について、技術者がついていた方がいい』

『というと?』

『あの装置、おそらくあと1回しか使えない』


 ジンは言った。


『そもそも何度も使う装置ではないんだ。問題なく1回使えればよし、という代物で、確認してみたが、一度の使用でかなり部品が損耗していた。何とか使えるようにはしているが、たぶんノーメンテだったら途中で強制停止か、壊れていただろうね』


 メンテ要員をつけてないと、せっかくのタイミングでも中途半端に終わってしまうか、最悪動かない可能性もあったという。


 だから、ジンは装置の起動のため、傍につくことになった。そして衝撃などによる故障を避ける意味でも、サフィロ号が選ばれた。


 魂収集装置を使った策は、1回しかチャンスはない。



  ・  ・  ・



 銀の翼商会の飛空艇は、人類連合艦隊に合流した。


 一方、サフィロ号は魂収集装置を搭載して、霧――雲に紛れて潜伏。魔王軍の浮遊城とその艦隊のもとへ移動を開始した。


 ソウヤは、プラタナム号にいて、魔王軍を追尾していないファイアードラゴンの眷属たちに仕掛けるべく移動の最中だった。


「無理に来なくてもよかったんだぞ?」


 ソウヤは首を傾げつつ言った。商会にいるドラゴンたちが、プラタナム号に勢揃いしたせいだ。


 ミストは当然いただろうが、クラウドドラゴン、アクアドラゴン、影竜とヴィテス、フォルスまでいた。


「ドラゴンは、同じドラゴンにちょっかいを出されるのが嫌いなのよ」


 ミストが言えば、クラウドドラゴンが続けた。


「これだけのドラゴンが一緒にいるんだもの。ファイアードラゴンや眷属たちは、死んでもこの船を追いかけてくるでしょうね」

「にっしし、見物なのだ」


 アクアドラゴンが楽しそうに笑った。


「あの横柄な火の一族には、一度しっぺ返しをしてやりたいと思ってた!」


 ドラゴンたちにも、色々あるのだろう。ソウヤは苦笑しつつ、天井を見上げた。


「よし、プラタナム、やるぞ」

『了解』


 プラタナム号は加速。人間の集落を襲うドラゴンの眷属への攻撃態勢に移った。

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