第630話、実は呼ばれていたモノ
闇の神の復活だか召喚だか、どちらが正しいかはソウヤは知らない。
しかし、世界を守る勇者としては、闇の神が具現化した時、何が起こったのか知りたかった。
ザンダーは薄く笑った。
「オステオン様は、闇の神を復活させ、世界を手中に収めようとしていたがな……。私はそうは思わない」
「というと?」
「すべては降臨された闇の神のご意志のままに、だ」
神が魔族による世界支配を支持し行動するならそれに従い、世界を滅ぼせというなら滅ぼす。
「私自身は何もない。神に従うだけだ」
これといった野心などはないと、ザンダーは言った。ソウヤは小さく首を振った。
「オステオンって誰?」
「我ら魔族の秘密結社トラハダスのリーダーだったお方だ。……魔王によって倒されてしまったがね」
魔王による反逆者討伐。やはり、ザンダーの所属する一派は、魔王軍と対立していた。
「……それで、あんたたちはリーダーの遺言に従って、闇の神ってのを復活させようとしたが、そこにオレたちが来てしまったと」
ソウヤは渋い顔になる。世界を手中に収めようとした者が喚び出そうとした神など、ろくなものではなさそうなので、それを潰してしまったのはそう悪くはないだろう。もしもの時のリスクが大き過ぎる。
「どうする、ザンダー? 満更知らない仲じゃない。このまま身を引くなら見逃してもいいぞ」
周りでは、ソウヤの仲間たちが、トラハダスだという結社の魔族たちを返り討ちにしている。その残りも、数えるほどしかいない。
こうなっては、魂収集装置さえ回収できれば、ほぼ壊滅した秘密結社などどうでもいい。闇の神復活のためという動機があったとはいえ、ザンダー個人にはエンネア王国で世話になっている。
「なるほど……。なるほど」
ザンダーは、自身に言い聞かせるように言いながら小さく頷きを繰り返した。
「実に寛大なことだ。魔族といえど慈悲をかけるか……よかろう。君の提案に従――」
その瞬間、影のようなものが、ザンダーの半身を飲み込んだ。一瞬のことに、ソウヤは瞬きする。
「……駄目よぉ、勇者君。こういう悪党が、次の魔王になるんだから」
リムが悪い魔女そのもののような声を発した。ザンダーだったものの下半身が倒れた。
ほんの一瞬で、殺したのだ。ふだん猫のような姿をしている霧の魔女は。
見れば、黒髪の美少女は、その指先で首輪をクルクルと回していた。
「いい子にしていたから、首輪、外れたみたい……」
ニシシ、と魔女は笑った。あまりに残虐な彼女に科せられた呪いの首輪。『生き物を殺せなくなる』という枷が外れたのだ。
エイタは剣を向けた。
「リム!」
「心配しなくても、アタシはいい子なのよ? つまらない殺しはしないわよ」
そう言うと、弄んでいた首輪の残骸を、ジンへと投げた。
「これは返すわ。……大丈夫、悪党を殺しただけよ。あなたたちだって、そのつもりだったんでしょう?」
「ソウヤは、話ができる相手を見逃そうとしたみたいだが……?」
――ああ、そうだ。
ソウヤは、湧き上がる怒りの感情を抑える。話し合いで解決し、彼は手を引くところだった。
しかしリムは動じない。
「あの悪党を見逃す? ハッ、笑わせないで。あんな悪の塊を見逃したら、それこそ次は何をこの世界に呼び込むかわからないわよ?」
「どういう意味だ?」
「わからないようだから教えてあげるわ。……エイタ、霧の海の世界からこっちの世界に召喚された原因、たぶんこいつらの仕業よ」
「何だって!?」
エイタは驚き、同時に、ソウヤたちも驚いた。
「異世界召喚の原因……?」
「そう。こいつらが闇の神を復活だか降臨だかって言っていた呪文の詠唱を聞いていたんだけど、その意味を訳すると、『次元の扉を開いて、別世界から悪しき力を呼び込もう』ってことなのよ」
悪しき力とは?
「アタシたちは、追っ手から逃れるため渦を利用した。けれどその時、イレギュラーが働いて、渦に引き込まれてしまった。あの時、アタシが何て言ったか覚えてる、エイタ?」
「……呼ばれている、だったか?」
エイタが低い声を出した。異世界への渦に飲み込まれたとは聞いたが、実際にその場にいないソウヤたちにはわからない話だ。
「そう。アタシはね、あの時、ここの魔術師が唱えていた呪文の一節を聞いた。だから確信したのよ。アタシたちが、この世界に来てしまった原因を作ったのは、ここにいた魔族だって」
ザンダーが言っていた秘密結社トラハダス――エイタたちのサフィロ号が、この世界に来てしまった理由が判明した。
ミストが口を挟む。
「ここの魔族が喚ぼうとした悪しき力って――」
「ああ、それ、前回はアタシ」
リムはニヤリと笑った。
「今回喚ぼうとした奴のことは知らないけれど、アタシたちの時、召喚に引っかかったのは完全にアタシね。いやー、霧の海の世界では、アタシが神の如き存在だってことが、またひとつ証明されてしまったわ」
「ラスボスだろ」
エイタは口をへの字に曲げた。苦労の原因が霧の魔女である。それはヘソを曲げたくもなるだろう、とソウヤは思った。
「彼女の話、信じてもいいと思うか、エイタ?」
ここまで、リムがそれらしく語っているが、どこまで本当のことを喋っているのか、いまいち判断できない。
「リムは嘘つきでもあるが、今回に関してはたぶん嘘は言っていない」
エイタは複雑な表情を浮かべた。
「認めたくないが、異世界召喚に関しては、こいつは専門家だからな」
「そうなのか?」
「ソウヤ、前に話しただろ? 日本人の俺が、何で霧の海の世界に召喚されたかって」
当時、霧の魔女と恐れられたリムに異世界召喚された――そう、以前エイタは語ったのだ。
リムは相好を崩した。
「そんな話は今はいいのよ。……とりあえず、異世界からヤベーのが召喚されるのは阻止できたからよしとして、目的の魂収集装置を回収しましょうよ。早くしないと、助けるべきこの世界の人類、ドラゴンに滅ぼされちゃうかもよー?」
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