第632話、陽動攻撃


 ファイアードラゴンに従うその眷属と一言でいっても、種類は雑多だ。


 血を受けた者の子孫もいれば、配下としての眷属もいる。ただひとつ共通しているのは、すべて火の属性を持っていること。


 彼らは血の気が多く、自分たち以外の存在には慈悲の欠片もない。


 魔族だろうが、人間だろうが、焼き尽くす対象に過ぎない。聞く耳を持たない。その存在に価値を見いだしていないから。


 ただのうざったい獣、虫と同じだ。ただ目の前にいたから焼く、殺す。


 そんなファイアードラゴンの眷属たちは、ウェルド大陸に死と破壊をもたらした。


 一方的な蹂躙。抵抗する存在は踏み潰す。抵抗しなくても踏み潰す。彼らは破壊を好む。他の生き物が黒炭になり、果てるのを見るのが楽しくて仕方がないのだ。


 だが、それもここまでだ。


 ドラゴンたちは、独特の飛翔音が聞こえてくると、集落を焼き払うのをやめて頭を上げた。

 高速で飛来する白き飛空艇。それが眷属たちの頭上を掠めるように飛んで、大きく風が舞った。


 自分たちを怯ませた存在に、下級のドラゴンたちは翼を広げて飛び立った。気に入らない。邪魔をされた――彼らの沸点は低い。


 当たってもいないのに突っかかる当たり屋。目の前を通ったからと絡むチンピラの如く、眷属たちは向かってくる。


『成功です、勇者ソウヤ。眷属たちが追ってきました。その数15』

「また何もしていないぜ?」


 ソウヤはプラタナム号のバイク型操縦席にいて、飛空艇を操っていた。


「ただ頭の上を飛んだだけで追ってくるとか、あいつらどれだけ縄張り意識強いの」

『こっちにドラゴンがいるのを感じたんでしょうよ』


 甲板に出ているミストの声が通信機から聞こえた。


『あー、不快。ほんと不愉快な波長だわ』

『向こうもそう思ってるんだろうよー』


 アクアドラゴンが拗ねた子供のような声を出した。


『私、あいつら火の一族嫌ーい』

『きらいー』


 フォルスが真似た。甲板にはドラゴンたちがいるので、その気配もファイアードラゴンの眷属たちは感じているのだろう。


『あんまり飛ばし過ぎないでね、ソウヤ』


 ミストは言った。


『あいつら、基本バカだから、引き離し過ぎたら追ってこなくなるわよ』

「それって難しいな」


 ソウヤは苦笑する。


「オレたち、速過ぎるからな。なあ、プラタナム?」

『まったくですね。足の遅い奴らに、合わせてやらねばならないとは』


 プラタナムが、ぼやいた。


『せめてクラウドドラゴン並に足が速ければ、楽なのですが』


 追尾してくる眷属は15体。しかしこれは序の口だ。


「このまま引き連れたまま、次に向かう。魔王軍の浮遊城とやらに到着するまでに、どれだけの眷属を引っ張っていけるか」

『了解』


 プラタナム号は応じた。クラウドドラゴンが通信機ごしに言う。


『時々、追ってくる眷属の何体か撃墜するのがいいわ。そうしたらあいつらは死に物狂いで追いかけてくるから』

『ドラゴンは報復主義だからな』


 影竜が皮肉たっぷりに言った。


『執念深い火の一族なら、勝手に仲間を呼んで集まってくれるんじゃないか?』

「なるほど」


 彼女たちの言う通りなら、思ったよりも簡単かもしれない。


『でもできれば――』


 ミストが憂う。


『ファイアードラゴンには、最後に出くわしたものね』

『同感。あいつだけで、全部ひっくり返すからなぁ』


 アクアドラゴンが同意する。


『予定も何もあったもんじゃない』


 せっかく眷属を引き連れても、ボスであるファイアードラゴンが登場すれば、どう転ぶかわからなくなる。


 ファイアードラゴンのひと声で全てが変わる。眷属もろとも巻きこみながら大暴れするならまだしも、誘導に気づいて解散を命じれば、元の木阿弥。


 伝説の四大竜の一角であるファイアードラゴンは、単純ではあるが、眷属ほどバカではないという。


 ――でも、起きてほしくないことって、案外起きちゃうんだよな。


 ソウヤは口には出さず、胸に秘める。


 悪い予感というのは当たるもの。すでにフラグの予感がしつつも、ソウヤはプラタナム号を操った。



  ・  ・  ・



 大陸をジグザグに横断しながら、破壊を繰り返すファイアードラゴンの眷属を誘い出す。


 連中に電撃砲を撃ち込んで、そのまま撃墜してしまった例もあるが、それを見た他の眷属たちが、怒りの咆哮を上げながら、プラタナム号に向かってくるのだ。


「……こりゃ、普通の飛空艇じゃ、とうに追いつかれてるな」


 翼の生えたトカゲという、下級の中のさらに下級でさえ、そこらの飛空艇より速い。プラタナム号でなければ、追いかけっこは成立しなかった。


「だいぶ増えてきたみたいだけど、もう三桁は超えたか?」

『残念ながら勇者ソウヤ。まだ88体です』


 プラタナムは、心底残念そうに報告した。


『いま2体減りました』


 追尾を諦めた、ではなく、甲板にいるミストがドラゴンブレスを後方に見舞ったのだ。


 眷属たちが追いつけないから諦めようかと、速度が落ちる個体が現れ出すと、甲板のドラゴンたちがブレス攻撃で、追っ手を攻撃する。


 それで仲間をやられて、再び逆上し眷属たちは頑張って追いかけてくる。


「怒りの感情は長続きしないというが……」

『そうなのですか、勇者ソウヤ?』

「怒り続けるってのは、案外疲れるもんなんだ」


 モニターと睨めっこし、彼我の位置関係を確認する。時々、火事場の馬鹿力か一定時間スピードが上がる個体が何体かいる。そいつらのせいで、後ろとの距離が開きつつある。……調整が面倒だ。


『ソウヤ』

「どうした?」

『気をつけて。南西方向、あいつの気配がする……!』


 あいつ――ファイアードラゴンか。まだまだ予定の半分くらいの行程だ。プラタナム号が報告した。


『南西方向より、複数の飛翔体を確認。うち一体は反応大。おそらく、ファイアードラゴンと思われます』

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