第624話、荒廃した暗黒大陸


「何てこった……」


 ソウヤは、プラタナム号の甲板から、焼け落ち廃墟と化した町を見下ろす。黒炭となった建物の残骸、瓦礫となった建築物の成れの果て。


 そこに動くものの姿はない。住んでいただろう人々はどうなったのか?


「プラタナム、本当に生命反応はないんだな?」

『何度質問されても、答えは変わりません、勇者ソウヤ。生命反応はありません』


 プラタナムの声が空しく響く。


 同じく甲板に出ているレーラは先ほどから祈りを続けていて、リアハは口を閉じ、睨むように廃墟の町を見ている。


 ミストが難しい顔をする。


「ドラゴンのニオイはするけど、ここにはいないわ。でもやったのは間違いなくドラゴンよ」

「ファイアードラゴンの眷属だ」


 影竜がやってきた。


「島から出てくることなど基本ないはずの彼らが、暗黒大陸に襲来した。何かあったのは間違いなさそうだな」


 ダークエルフ魔術師であるポエスの言っていた、ファイアードラゴンのテリトリーに手を出して、ドラゴンたちを暴れさせるという手を、魔王軍は本当に使ったのかもしれない。


「これは、本当に暗黒大陸の町や村は全滅したのかもしれない……」


 行く先々にあるのは廃墟ばかり。時々見つかる生存者を保護しては、アイテムボックス内に作った居住区に収容するばかりである。


 銀の翼商会として商売し、魔王軍や魔族の情報を集める――どころではなくなっている。もっとも、情報収集は、カマルを中心に生存者から聞き取りを行っているが。


「ヴィテス、どうだ?」

「駄目……」


 影竜の娘であるヴィテスは、目を開けた。


「魔力眼でも見つからない。この辺りにはいないかも」

「ボクも見えないー!」


 フォルスが手を挙げた。ここ最近で魔力眼の使い方を覚えたらしく、襲撃者探しを手伝ってくれていたが、ヴィテス共々、見つけられないようだった。


 そんな影竜親子をよそに、ミストはため息をついた。


「暗黒大陸は駄目かもね」

「……」

「何でファイアードラゴンが暴れ回ったのかはわからないけれど……。暗黒大陸だけに収まってくれればマシというところ」


 キレたドラゴンのことは、ドラゴンのみぞ知る。薄情な言い方だが、ミストのいう通り、暗黒大陸を蹂躙しつくしたファイアードラゴンが、それで満足しなければ、他の大陸、島など危険に晒される。


「もしファイアードラゴンたちがこれ以上破壊を広げるなら……」


 ソウヤは舌の先のざらつきを感じながら言った。


「倒さなくてはならない」

「あなたは勇者だものね」


 ミストは手すりにもたれた。


「人類に仇となる存在は倒すのが使命。魔族や魔王だけではないわ」

「当然だな」


 影竜も頷いた。フォルスがコクコクと首を動かす。


「悪いドラゴンはやっつけなきゃ!」

「お前たちは、それでいいのか?」


 ソウヤは覚悟して言ったつもりだが、ミストも影竜も嫌な顔ひとつせず、受け入れたようで、少し驚いている。


「ドラゴンは基本単位が自分なの。他のドラゴンが何をしようが、どこの誰だろうが、関係ないもの。……言わなかったっけ?」


 孤立主義。ドラゴンは自分のテリトリーに敏感だが、そこから外に出ることはほとんどない。引きこもりである。当然、自分がトップなのだから、余所は余所、なのだ。


「そもそも、だ」


 影竜は腕を組んだ。


「ファイアードラゴンと眷属は、気に入らない相手にはドラゴンだって容赦なく噛みつく。そんな奴らに、我々が同情するとでも?」


 火の一族が大変凶暴なのは、彼女たちも前々から言っていた。


「むしろ、こちらを見ても平然と向かってくるだろうな」

「向こうが仕掛けてくるなら、ぶん殴るまで」


 ミストは微笑した。


「向こうがドラゴンなら、こちらだってドラゴン。手を出すなら報復するまで。……それが伝説の四大竜、古竜だろうがね」


 それはつまり、ソウヤがファイアードラゴンとその眷属と矛を交える場合でも、ミストたちは、ソウヤや人類側についてくれるということだ。


「いいんだな?」

「言ったでしょう? ドラゴンはテリトリーに敏感なのよ」

「テリトリーを侵犯してくる奴は、敵なのだ」


 ミストも影竜も言った。それはそうだろうが――ソウヤは首を傾げてしまう。


「お前たちの言うテリトリーとは?」


 ミストは霧の谷か? しかしあそこは、大陸が違うからファイアードラゴンと眷属も来ていないが。


「当然、ここよ」


 ミストがニヤリとすれば、影竜も皮肉げに眉を吊り上げた。


「我のテリトリーは、ソウヤ、お前のアイテムボックス内だからな」

「あなたの周りはワタシのテリトリー。あなたが戦うところはワタシのテリトリー。何の問題もないわ」


 美少女、美女の皮を被ったドラゴンたちは力強く言い切った。ソウヤが、状況によってはファイアードラゴンと戦うことになるかもしれないとわかっても、止めることなく受け入れた。


 頼もしき仲間たち。ソウヤが相好を崩すと、レーラが顔を上げた。


「私も、ソウヤ様に、どこまでもお供致します。勇者と共に行くのも聖女の務めですから」

「わたしも!」


 リアハが背筋を伸ばした。


「ソウヤさんは、私の恩人。この命、あなたのために――どこまでも」

「ありがとな。……でも、命は大事にな」


 凶暴なファイアードラゴンと眷属の群れ。心の底で魔王と戦う前のように、死を覚悟した。恐怖を感じなかったといえば嘘になる。しかしそれでも、共に戦うことを、真っ直ぐ言ってくれた仲間たちに、ソウヤは励まされ、同時に愛しく思った。


 だから、死なせない。絶対に、こいつらを生かしてやる――ソウヤは心の底で固く誓った。


 そのために、魔王と魔王軍、そしてファイアードラゴンとその眷属と戦いになった時、精一杯、力を使おう。


 ――オレは勇者だからな。

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