第625話、壊滅
魔王軍と思われる飛空艇の大艦隊と浮遊する城が、ウェルド大陸に飛来した。
その報告は、エンネア王国以下大陸諸国を駆け巡った。
さらに悪いのは、ファイアードラゴンとその眷属の軍団が、魔王軍を追ってウェルド大陸に上陸したことだった。
『まさかこのタイミングで、魔王軍が動くとはね……』
プラタナム号の艦橋。通信機から聞こえるのは、ウェルド大陸で銀の翼商会の仕事を管理していたジンの声だった。
『暗黒大陸からほど近い、ウェルド大陸北東部を、魔王軍の浮遊城とその艦隊が横断中だ。そしてその後を炎のドラゴンの眷属が追いかけ、破壊の限りを尽くしている』
ソウヤは沈痛な表情になる。
魔王軍にドラゴンの群れ。それが我らが大陸を攻撃している。
『眷属たちの動きから見ても、彼らをここまで招き入れたのは魔王軍と見て、間違いないだろう』
ジンは言った。
『おそらく、ドラゴンのテリトリーにちょっかいを出したのは、魔族が何かしら関係している』
「魔王軍の仕業じゃないのか?」
ソウヤは思っていることを口にした。
「ダークエルフの魔術師が言っていた、ファイアードラゴンに手を出して、人類を攻撃させるって作戦を考えていたらしいぜ? それを実行に移したんじゃないか?」
魔王軍の魔術師ポエスが、まだ検討段階と言っていた話を、ソウヤはジンに説明した。それを聞いた老魔術師は――
『魔王軍としても、想定外か、あるいは別勢力の仕業かもしれないな』
「魔王軍じゃないって言うの?」
艦橋にいたミストが割り込めば、ジンは返した。
『今回の侵攻、魔王軍が先陣を切っている。魔王軍の仕業ならば、ドラゴンとその眷属を前に出して、大陸が破壊されるまで自分たちは姿を現さなかっただろう』
自分たちがわざわざ前を行く必要などないのだ。ファイアードラゴンたちが、ウェルド大陸を蹂躙し尽くすまで傍観し、その後で行けばいい。
『それにも関わらず、魔王軍が先頭ということは、ドラゴンたちもまた、魔王軍と敵対しているのだろう。おそらく魔王軍は、自分たちへの追撃の手を緩めさせるべく、人類テリトリー内に逃げ込んだのだ』
人間たちの支配領域に入れば、当然迎撃される。魔王軍はもちろん、ファイアードラゴンとその眷属たちも。
一般的な人間にとって、ドラゴン集団を味方と捉えている者はまずいないだろう。魔獣の大群の襲来と同じ認識を抱いている。
つまり、人間たちは、やってきたドラゴン集団も防衛のためとはいえ交戦する。そして攻撃されたならば、ドラゴンたちのヘイトは魔王軍のみならず人間にも向く。
そしてドラゴンは、基本的に後回しにしない主義だ。目の前の敵は全て叩く。それは暗黒大陸の破壊で、一目瞭然だ。
魔族だけでなく、そこにある人間の町などもやられた。
『――そう考えるならば、ファイアードラゴンと眷属たちにとっても、すでに人間も敵なのだろう。暗黒大陸の破壊で人間とも事を構えているのだから、こちら大陸の人間とその集落は、奴らの攻撃対象になっている』
なるほどね、と、ジンは言った。
「何が、なるほどなんだ?」
『ドラゴンたちの動きさ。魔王軍のウェルド大陸侵入の後にやってきたドラゴンたちは、ただ魔王軍を追うだけでなく、全てを破壊するように扇状に広がっているから』
「防衛はどうなっている? 住民たちの避難は?」
ソウヤの問いに、ジンの声のトーンが落ちた。
『ウェルド大陸北東部は、空からの攻撃に非常に脆弱だった。先導する魔王軍は一撃離脱に徹しているが、半壊にされたところを、ドラゴンたちの攻撃でトドメを刺されている格好になっている。城や砦は壊滅だよ』
「……」
聞いていたレーラ、リアハが苦い顔になった。ジンは続ける。
『住民の避難も、あまり上手く行っていない。さすがに魔王軍の襲来を聞いて、針路上にある国、勢力では、避難できるよう準備が進み出しているが、なにぶん貴族や領主が判断することだからな』
敵が現れてから避難をする時点で遅いし、城などの防衛設備を過信し、避難が出た時にはすでに壊滅していた、という例もあった。その結果、ドラゴンの眷属たちに狩り出されて虐殺されているという。
「爺さん、そっちにいる部隊で、何とか避難民を助けられないか?」
プラタナム号は、ウェルド大陸北東部へと高速で向かっている。しかしたった1隻で、全てを救うことは不可能だ。
『リッチー島と、私の島から増援の準備をさせている。まだ少し時間がかかる』
ジンは答えた。クレイマン王の戦力の増援は頼もしいが、今、助けが必要な人たちには間に合わない。
「ウェルド大陸にいるリッチー島傭兵同盟の艦隊を使って救助を――」
『ソウヤ、残念なお知らせだ』
ジンが遮るように言った。
『銀の翼商会のメンバーは、君と同じく実に正義感に富む。そして勇敢だ。しかし、実に残念なことに、リッチー島傭兵同盟艦隊は、輸送船を残し全滅した』
「え……?」
ジーガル島攻略でも、その戦闘艦はゴールドグループと行動を共に、上陸部隊をシルバーグループとして運んだ。小型艇は、ニーウ帝国皇帝救出のために収容所へ乗り込み、その支援に飛竜母艦から飛び立った飛竜の爆撃が活躍した。
だからこそ、信じられなかった。
「全滅した……?」
『こちらでも状況把握の偵察を行っていた。その過程で避難民の救助を先に進めていたんだが……ドラゴン相手に飛空艇では太刀打ちできなかった』
絶望的な戦いだった。飛来する百を超えるドラゴンとその眷属に、わずか13隻の艦隊は、輸送船3隻の脱出のために踏みとどまり、全滅した。
『クラウドドラゴンとアクアドラゴンが、手を貸してくれたからね。おかげで輸送船に収容した約300名の避難民を救うことができた』
それでも避難民全体からすれば、わずかな数だが。
『君から預かった商会メンバーも、避難民の救助に尽力し、幸いこちらには死亡者はいなかったが、皆うちのめされている。もっと助けられたのではないか、もっと力があれば……と』
ソウヤは言葉を失う。その場にいなかった。だが生き残った者たちの気持ちは痛いほどわかった。
むしろいなかったからこそ、容易に想像できてしまう。もしその場にいたなら、もっと助けられた。肝心な時にいなかった。胸が張り裂けそうなほどの痛みが込み上げてくる。
『目先の救助も大事だが、対策を考えよう。でなければ、もっと多くの犠牲が出る』
「……わかった」
本当は今すぐ、ファイアードラゴンのもとに殴り込み、その眷属たち諸共、叩きのめしたい衝動にかられている。
敵は火を司るドラゴン。だがソウヤの怒りは、それよりさらに激しく燃え上がっていた。
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