第623話、火竜の襲来


 ファイアードラゴンの領域に侵入した不埒な飛空艇は消滅した。


 火山島の時空回廊神殿の前に陣取る翼を持つドラゴン、ファイアードレイクは、侵入者を焼き払い、鼻をならす。


 何とも他愛ない。吹けば吹き飛ぶ程度の羽虫。ファイアードラゴンの手を煩わせるほどではない。


 しかし、手遅れだった。


『何事だ。オレの眠りを妨げた不届き者は?』


 脳髄を揺さぶるような念話が、ファイアードレイクに直撃した。怒ったわけではない。それでも、心の臓から込み上げてくる震えはいったい何なのか、ファイアードレイクにはわからない。


 侵入者の船を阻み、あれだけ騒がしかった眷属たちも、ピタリと口を閉じ、島へと舞い降りる。


『魔族が、主のテリトリーに侵入しました』

『では殺せ』


 ファイアードラゴンは被せるように言った。ファイアードレイクは、頭を下げる。


『はい、すでに塵も残さず、焼き尽くしました』

『オレのテリトリーに入るヤツは、すべて敵だ』


 ファイアードラゴンは淡々と、しかしきっぱりと告げた。


 たとえドラゴンでも、ファイアードラゴンの下僕でなければ入ることはかなわず。それでも入るならば死――それがファイアードラゴンが定めた法である。


『しかし、よもや魔族もこの島のことを知らぬわけではあるまい……』


 呟くようにファイアードラゴンに言った。


『それにもかかわらず、我がテリトリーに入ってくるとは、これは愚かな者どもにわからせてやる必要があるか。……なあ、ドレイクよ?』

『はっ!』


 ファイアードラゴンの眷属ルールその一。主が呼びかけ、ないし指名しない限り、彼が話している間は発言するな。


『ドラゴンのテリトリーに足を踏み入れることが、どれほどの罪か、忘れてしまった愚かな魔族どもに、しかと刻んでやるとしよう』


 ちりちりと、ファイアードレイクは背中が焼けるような威圧を感じた。炎の眷属であり、火には耐性があるファイアードレイクや眷属たちだが、ファイアードラゴンの言葉、気配には自然と熱を感じ、圧力を受ける。


『奴らの巣は暗黒大陸だったな。ドレイク、眷属どもを連れて、暗黒大陸を蹂躙せよ。……ゆけ』

『ははっ!』


 命令は下った。質問はなし。ファイアードラゴンより与えられた命令を、速やかに実行するのみ。


 かくて、ファイアードラゴンの眷属たちは島を飛び出し、暗黒大陸へと攻め込んだ。


 圧倒的な破壊。魔族はもちろん、大陸に進出していた人類の町や集落も、ドラゴンによる無差別攻撃を受けた。


 さらに先陣を務めたファイアードレイクに続き、ファイアードラゴン自ら率いる集団も、暗黒大陸に飛来。目の前に現れるものに破壊と殺戮を実行した。


『下等な生き物ども。ドラゴンに手を出したら、どうなるか。思い知るがよい』


 ファイアードラゴンの破壊は、瞬く間に大陸全土に及んだ。空を飛ぶことができるドラゴンとその眷属の行動は迅速であり、その攻撃力の高さと相まって、恐るべき進撃速度を発揮した。


 結果、魔族の隠れ集落、拠点はもちろん、魔王軍の正規軍にも被害が出ることになる……。



  ・  ・  ・



 魔王軍にとって、ドラゴンの襲来は、魔族間対立の終焉をもたらした。


 つまり、人類との戦争再開に向けた条件のひとつ、敵対勢力が壊滅したことで、魔王軍の一本化が果たされたことを意味する。


 後は、当初予定されていた戦力が揃えば、人類への攻勢を始められる。……だが、この点は、魔王軍の想定外の状況にあった。


 テーブルマウンテンダンジョン、ジーガル島といった造船拠点の壊滅。人類との戦いに備えて派遣していた大陸侵攻軍の壊滅。


 そして今回の暗黒大陸へのドラゴン侵攻。魔王軍が人類との戦争までに配備を予定していた飛空艇は、当初の想定の半分しかなかった。


 何より厄介なのは、ファイアードラゴンの魔王軍に対する攻勢は続いているということ。このままドラゴン勢の攻撃が進めば、人類との戦争どころではなく、魔王軍の壊滅すら、最悪の展開として考えられた。


 魔王軍の移動要塞となっている天空城。魔王ドゥラークは、ブルハら幹部らと会議を開いた。


「暗黒大陸より、軍は撤退しました」


 ブルハは報告する。


「しかし、まだ多く魔族が大陸におり、このままではファイアードラゴンとその眷属により、多くが犠牲になりましょう」

「捨て置け」


 一言、魔王の発した言葉に、ブルハはもちろん、魔族幹部らの表情が凍った。


「……何と?」

「放っておけ」

「しかし――」


 上級獣人の将軍の毛が逆立つ。


「同胞をお見捨てになられると申されるか……?」

「行って、どれだけの魔族を救えるというのだ?」


 ドゥラークは冷淡だった。


「人類との戦争のため、血を流すことも躊躇わずに忠義を尽くす諸君らと、血を流さず隠れ住む臆病者の命……。どちらを取るかなど、自明であろう」


 幹部たちは言葉も出ず、同僚たちを見回す。


「魔族の鉄則。力無き者は、死あるのみ。……そうだったな、ブルハ?」

「はっ、陛下」


 先代魔王、いや歴代魔王たちも度々口にしてきたその言葉。本来、自己を磨き、部下を叱咤するのに使われるものであり、この手の場で使われる言葉ではなかったりする。


「それよりも問題とすべきは、ドラゴンどもへの対処であろう。力無き他人を気にかける暇など、お前たちにあるのか?」


 ファイアードラゴンとその眷属は、魔王軍にも牙を剥いている。いずれ、集結した魔王軍のもとにも襲来してくる可能性は極めて高かった。


 押し黙る幹部たち。強力なドラゴンとその眷属を前にしたら、軍用飛空艇といえどひとたまりもない。こちらの主力火器である電撃砲を上回る炎のブレスで、おそらく一撃で粉砕されてしまうだろう。


 ドゥラークは、薄く笑った。


「では、私からひとつ提案しよう。この状況を利用する手だ――」

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