第622話、ファイアードラゴン・テリトリー


 時間は少し遡る。


 それは灼熱の島だった。


 世界の果てにある火山島である。流れ込んだ溶岩が海にふれ、凄まじい蒸気の滝を空へと昇らせている。


 そこに棲む生き物は、高温灼熱の土地にも耐性がある。何より恐ろしいのは、ドラゴンの中の暴君、ファイアードラゴンのテリトリーであることだ。


 この世で絶対に近づいてはいけない場所があるとすれば、この島もそのひとつに数えられるだろう。


 にもかかわらず、この灼熱地獄に近づく飛空艇がひとつ。


「カリューニー様、やはり、考え直されたほうがよろしいのでは……」

「この期に及んで、怖じ気づいたか?」


 悪魔系魔族、自称『魔法王』のカリューニーは、何度も撤退を進言する副官にいい加減、苛立ちをおぼえていた。


 魔族を統率する次の魔王は、私だ――後継候補と名乗りを上げて、ドゥラークやその他魔王候補と戦ったカリューニーであるが、彼の一派は壊滅寸前に追い詰められていた。


「逃げたければ、貴様ひとりで逃げるがよい。我らを追撃するドゥラーク軍が見逃すとは思えんがな」


 カリューニーは冷たく言い放つ。


 魔族は、先代魔王の息子であるドゥラークが支配するだろう。


 10年間、先代魔王の復活に取り組み、それが無理だとわかった後、勃発した魔王の座を巡る争奪戦。その戦いにも、決着がつこうとしている。


 魔王の息子だったという理由だけで候補となったドゥラークが、新たな魔王となることで。


 そんなことが認められるか!


 カリューニーは、ドゥラークが魔王になることを快く思っていなかった。勇者によって倒された魔王を復活させる――それが一致している間は、まだ魔族はまとまっていた。


 だが、その間、ドゥラークが何かしたか?


 魔王の後継として相応しい活動をしてきたのか?


 否、奴は積極的な行動を取らなかった。先代魔王を継ぐ者として資質に欠ける――そう、魔王軍の古株であるカリューニーは思っている。


 しかし、魔王の息子というだけで、ドゥラークに従う浅はかな魔族の何と多いことか。


 結果、彼と対立する自称魔王候補たちは、次々にドゥラークとそれに従う魔族軍によって、討ち滅ぼされていった。


 カリューニーもまた、自分の勢力の大半を失い、追撃を受けている。


 だが、このまま終われるはずもない。


 討ち取られ、晒し首になどなるつもりはない。ドゥラーク軍もろとも、愚か者どもを一掃してくれる――!


 かくて、カリューニーとその残党は、禁忌の島であるファイアードラゴンのテリトリーに侵入したのだ。


「カリューニー様! 前方より、レッサードラゴン種、多数!」


 見張り台から、悲鳴じみた報告が響いた。カリューニーは唇の端を吊り上げる。


「来たか、有象無象ども。――後ろはどうなっておるか?」

「はっ、ドゥラーク軍の飛空艇10隻、なお本船を追尾中です!」


 こちらはわずか1隻。対して追っ手は多数。


「火竜のテリトリーを前に、よくもまあ……。あの愚か者に間違った忠義を尽くすのか、はたまた、ただの馬鹿か」


 自称魔法王は、呪文を唱える。前からファイアードラゴンの眷属が飛来してきている以上、ここは奴らの境界線を超えている。後ろの連中など、放っておいても眷属どもが片付けるだろう。


「転移!」


 カリューニーを乗せた飛空艇が消えた。転移魔法で、一気に火山島の中央近くへ移動したのだ。


 話のできないレッサードラゴンなど、相手にするだけ時間の無駄である。ここは一気にファイアードラゴンの元まで近付く。


 遙か後方で、いくつもの火球が開いた。カリューニーを追ってきたドゥラーク軍の飛空艇艦隊が、レッサードラゴン集団に群がられて、破壊されたのだ。


「フフフ……」


 カリューニーは嘲笑を浮かべた。愚か者に従う馬鹿どもが一掃されるのは気分がいい。


 その瞬間、飛空艇に衝撃が走った。周りの空が一瞬、虹色になったのは、カリューニーが船に防御魔法をかけていた影響だ。


 攻撃された!


 船員たちは動揺する。さすが暴れる竜のテリトリー。問答無用で攻撃を受けたのだ。しかし、火竜の眷属たちが、話し合いより暴力が先だというのは承知している。


 だから防御魔法を予め張っておいたのだ。


 ここまではカリューニーの予想通りの展開だった。


 さて、ファイアードラゴンはどこか――カリューニーは島を見下ろす。


 火山の火口? いや、麓に神殿めいた建物がある。ファイアードラゴンのテリトリーで、建造物があるということ自体、異常。火竜の住処でもなければ……。


「よし、あの神殿に向かえ! 操舵手!」


 飛空艇は、火山島に一つだけある建物へと針路を向ける。魔族副官が、カリューニーに歩み寄る。


「さすがにこれ以上は危険です……!」

「防御魔法が防いでいる。大丈夫だ」


 ファイアードラゴンの眷属の攻撃が続いているからか、周りに虹色の光が幾度となく点滅した。


「所詮、トカゲの頭よ。魔法王である私の魔法を突破できるわけがないのに、無駄なことをする」


 下からのファイアーブレスの類いを、防御魔法で払いのけながら、飛空艇は進む。


 そして、唐突に『声』が脳を揺さぶった。


『貴様ら、ここに何をしに現れた?』


 うわぁっ!――バタバタと、部下たちが倒れた。まるで頭の中を直接ぶん殴られたような衝撃だった。


 カリューニーは、わずかにこめかみを押さえる。竜の威圧と念話の合わせ技を仕掛けられた。

 上級ドラゴンにはすべてこちらが見えている。さらに受け手が壊れようとも関係ないとばかりに、念話をぶつけてきたのだ。


 話し合いに見せての蹂躙。やはりドラゴンは、驕り高ぶる愚かな種族だ。魔法王であるカリューニーは、強引な念話を防ぐと船首へと歩を進めた。


「おお、偉大なる炎の古竜よ。私は魔法王にして、魔族を統べる者、カリューニーなり!」


 声と共に念話を飛ばすカリューニー。自分が、ファイアードラゴンにも匹敵する実力者、そして魔王の後継者であることを伝える。


「偉大なるドラゴンであるファイアードラゴン、貴殿と同盟を結ぶべく参上した。私の話をどうか聞いてもらいたい……!」


 沈黙が訪れる。念話は届いているはずである。しかし返事はなく、しばし無の時間が流れる。


『笑止!』


 またも暴力的な念話が響き、耐えられなかった魔族兵が頭を押さえてのたうった。


『我が、ファイアードラゴンか否かもわからぬ雑魚よ。塵となれッ!』


 凄まじい炎の柱が噴きあがり、防御魔法を貫通すると、飛空艇を一瞬で溶かし、カリューニーを塵も残さず消滅させた。

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