第621話、この世で、怒らせてはいけないもの
暗黒大陸の東北方面にある地、ツァコモス。
闇の森と呼ばれる大森林地帯を、魔王軍の飛空艇艦隊が飛ぶ。そこから小型浮遊船がその狭い甲板に兵を満載し、地上に降下する。
そこにあるのは古びた遺跡――否、次の魔王に名乗りを挙げた秘密結社の首領、オステオンの城。
魔王ドゥラーク率いる魔王軍が、反逆者を討伐すべく、次々に降り立ち、遺跡へと突入していく。
『あぁ……愚か者どもがやってきた』
東洋の導師を連想させるローブに身を包むは、魔族結社トラハダスの首魁、オステオンその人である。
頬は痩け、その肌は病的に白かった。血の気のない、というより幽霊のような魔族の男だ。
彼は水晶球を覗き込む。オステオンの命を奪おうと、魔王軍は数千の規模の軍を動かしてきた。それを見やり、オステオンはニヤリと笑った。
『やれ、ザンダー』
『御意』
その瞬間、遺跡周辺が青い光に包まれた。光のドームは拡大し、そこにいた魔族兵、魔物、生物問わず飲み込んでいく。
肉体を失い、魂となっていく者たち。その光景に、オステオンは大笑いした。
『愚かな! 我に従えば、こうはならなかったものを』
光はおおよそ一分のあいだ発生し、その効果範囲内にいる者たちを魂に変えた。
魂収集装置。
かつて、魔王軍が開発し、人間たちの国――エンネア王国で使用しようとした恐るべき装置だ。
魔法大会と、そこに集まった観客数万を魂にして、魔王復活の贄にしようとしたその計画は、生きていた勇者ソウヤとその仲間たち、そしてオステオンに仕える部下ザンダーによって阻止された。
そして破壊したことになっていた悪魔の装置は、ザンダーが巧妙にすり替えたことで、オステオン一派の手にあったのだ。
この魂収集装置を、オステオンは魔王軍に使用した。ドゥラークによる魔族統一――その邪魔となっている勢力の排除をしていた魔王軍は、トラハダスを殲滅すべくやってきて、返り討ちにあったのである。
『若造め。貴様にやられる私ではない――』
「若造とは、私のことか?」
降って湧いた声に、オステオンはギョッとした。思いがけないその声は、かつて聞いたドゥラークのもの。
壁の一角が吹き飛んだ。銀髪の青年姿の魔王ドゥラークが、その親衛隊と共に現れたのだ。
『貴様――!』
「君がよもや、アレを保有していたとは……。おかげで掛け替えのない同胞の命が消えた」
『ふん……掛け替えのない同胞の命、か』
オステオンは鼻をならす。
『ドゥラーク、貴様にそのような慈悲の心などない』
ざっ、と親衛隊兵が武器を向け、殺意を漲らせる。オステオンの部下である信者たちも武器を手に身構える。
『貴様は、空っぽなのだ、ドゥラーク……。魔族の命など、露とも思ってはおるまい』
「それは君も同じだろう、オステオン?」
ドゥラークは淡々と告げた。
「同胞の魂とさえ贄とする男だ」
『偉大なる主、闇の神を現世に復活させるために、必要な魂だ』
オステオンは言い返した。
『魔族の命は、我らが神の作りしモノ。それを主に還す、それだけのことよ』
「君はそれほど器の大きな男ではないよ。君が復活させたいのは、神ではなく、自分の体だろう?」
ドゥラークは前に出た。
「神の欠片のそのまたクズが君だ。欠片である君は、神になれない」
その手に、光輝く剣が現れる。その光にオステオンが目を剥く。
『貴様、その剣は――もしや聖剣?』
「太陽の剣……類別するならば、聖剣の類だろうな」
『何ということだ! 仮にも魔王を名乗る男が聖剣を手にするなど――』
「その考えは古いよ、オステオン。時代に取り残された遺物は、御退場願おうか」
『キィエエエエエエエェ!!』
オステオンの手から強烈な電撃が放たれた。それは親衛隊兵を貫き、焼き、蒸気へと変えた。しかし、魔王の姿はそこにはない。
「どこを見ている、オステオン?」
『ギィェエエエエエエエエエ――』
霊体であるオステオンの体を太陽の剣が貫いた。たちまち光と炎が、オステオンを焼き尽くす。
「オステオン様っ!?」
信者たちはどよめく。ドゥラークは、一言、冷たく言い放った。
「殺せ」
生きている親衛隊兵が、一斉に前進し、信者らを掃討しはじめた。後はここにいないオステオン一派の始末と、装置の回収だが――
『魔王様!』
魔力念話で、ブルハの声が飛び込んできた。ドゥラークは片方の眉をひそめる。
「どうした、ブルハ」
『可及的速やかに御報告がございます!』
「その切羽詰まりよう、人類が動き出したか?」
適当な思いつきを口にするドゥラーク。だが違った。
『いいえ、魔王様。ドラゴンです! ドラゴンの大群が暗黒大陸に襲来。現在、東方に位置する都市が壊滅し、なお内陸に侵攻中です! お早く、天空城にお戻りくださいませ――』
・ ・ ・
この日、暗黒大陸を四大古代竜がひとつ、ファイアードラゴンとその眷属が襲来した。
彼らは魔族の集落を襲い、ついで彼らドラゴンや眷属の前に現れ、『武器をとって抵抗した』人類にも牙を剥き、その強大なる暴力を持って、破壊と殺戮を開始した。
侵掠すること火の如く。
大陸をマグマが染み渡るように、ファイアードラゴン率いる炎の軍団が破壊の手を広げていった。
この世で、もっとも怒らせてはいけないもののひとつである、ファイアードラゴンの逆鱗に触れた、その報復であった。
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