第620話、魔族船、襲撃
プラタナム号は、謎の飛空艇の後方から接近した。
相手にもこちらの姿をさらすことになるが、仕方がない。所属不明の時点で、まさか問答無用に攻撃を仕掛けるわけにもいかないのだ。
もしかしたら、人類側の民間船とか、近隣国の軍船の可能性もある。
「四角いわね」
ミストは、そう表現した。
左舷側に見るその飛空艇は、箱形の船体にマストが2本、側面に補助マストがあって、それぞれ帆が張ってあった。レシプロエンジンが二基ついていて、その推力と風の力を利用して進んでいる。
カマルが覗き込む。
「乗員は?」
「甲板に何人かいるわね……」
『変装しているようですが――』
プラタナムは言った。
『乗員は魔族のようですね。船体スキャンによれば、船体中央に多数の生命反応を確認。エルフかどうかはわかりませんが、不自然なほど密集しています』
「それ、エルフだろ」
捕まえたエルフをすし詰めにしているのだろう。さながら奴隷船である。
「あちらさんは、やるつもりみたいよ」
ミストが警告した。魔族船の船首と船尾の小型電撃砲が、こちらに向いた。
「反撃――」
「エルフが乗っているかもしれないんだ。迂闊に撃てんよ」
ソウヤはシートの操縦桿を握り、プラタナム号を後退させつつ、敵船の射線を躱す。
「このまま逃がすつもりなの、ソウヤ?」
「あの船を鹵獲する。こちらからの攻撃は厳禁」
ソウヤは顔を上げた。
「プラタナム、サフィロ号に通信。こちらが敵の目を引きつける。船に乗り込んで制圧するように伝えろ」
『了解』
エイタたちの海賊船も、こちらを追尾しているはずだ。人質がいるかもしれない船の仕事は、彼らのほうが得意だろう。
「そのサフィロ号が来たようだぞ」
カマルは指さした。
「さすがに雲に隠れてはいないか」
魔族船は、左右から挟まれる格好になる。敵船は電撃砲を旋回させ――次の瞬間、サフィロ号から飛来した魔法魚雷が命中して、電撃砲を吹き飛ばした。
「うおっ、なんて無茶を!」
驚くカマル。しかし魚雷が爆発しなかったのを見やり、ソウヤは相好を崩す。
「信管を抜いたやつだろう。最初から爆発しないやつよ」
だが高速で衝突すれば、大砲もへし折れるというものだ。これで魔族船の武装がなくなった。
「てっきり姿を隠して近づくものだと思ったが――」
サフィロ号が堂々と接近するのを見やり、ソウヤは操縦桿を傾けた。
「こっちも接近して同時に接舷するぞ! ミスト、出番だぞ」
「待ってたわ!」
敵陣切り込みを好むミストが笑みを浮かべた。ブリッジから甲板へと移動するミストとリアハ。そこへメリンダが顔を覗かせた。
「敵襲?」
「違う。エルフが乗っているかもしれない魔族船に乗り込む。……ということで、せっかく来てくれたんだメリンダ。カマルと一緒に、ポエスを見張っていてくれ。オレもちょっくら行ってくる」
ソウヤはシートから下りる。
「プラタナム、操船よろしく!」
『了解』
ブリッジを出て、ソウヤも甲板に出る。ミストとリアハの他、コレルと彼の従魔たちがいる。ギガントコング、ホーンバード、サーベルタイガー、大狼――頼もしい獣たち。
「準備は?」
「いつでも!」
コレルが答えると、従魔たちが吠えた。プラタナム号はみるみる、魔族船に接近する。このスピードでは衝突する!――と思いきや、すっと速度を緩め、惰性で滑るように追いつくと、ピタリと接舷させた。
「神業!」
「行くわよ!」
ミストが例によって先陣を切って、魔族船に乗り込んだ。甲板にわらわらと武器を抜いた魔族兵が出てきた。
だが、反対側のサフィロ号の方に乗員が向かっていて、こちらはお留守だった。スピードを出していたプラタナム号がまさか取り付くとは思っていなかったのだろう。
『敵――』
ソウヤたちに気づいた魔族兵が襲撃を知らせようとするが、飛び込んできたミストの竜爪槍に貫かれた。さらにコレルの従魔たちも、次々に魔族兵に襲いかかり、倒されていく。
ソウヤは斬鉄を手に魔族兵を、武器ごと粉砕しながら、ちらと一瞥。サフィロ号から乗り込んだパンプキンヘッドたちの異様な姿が、魔族兵の視線を集めていた。おかげで、こちらは非常にやりやすい。
同じく乗り込んでいたエイタと目が合い、ソウヤは頷いた。海賊船長はブリッジへ階段を駆け上がり、ソウヤは船内に突入した。
・ ・ ・
魔族船は制圧した。船倉を覗けば、そこには大勢のエルフたちが横たわっていた。服装からして、クルの森のエルフで間違いないだろう。
だがあまりに多く、しかも狭いスペースに押し込まれたために、どこに誰がいるのかを確認するのが非常にわかりづらかった。
「これは奴隷船だ」
エイタがそう評した。
「船を戻そう」
「ああ」
気持ちのいいものではなかった。魔王軍の拠点に連れ去られる前に奪回できてよかったと思うソウヤである。
魔族船を反転させて、クルの森へ。エルフたちは眠り続けているので、森につくまでそのままにしておいた。ダルとアガタもおそらくいるのだろうが、こうも狭いと難しい。森につくまで我慢しておく。
「それで、ソウヤ……。緑の墓所だっけか、そこで作られていた複製について、どうする?」
エイタが聞いてきた。どうするか、とは――
「そんなもん、クルの森の族長たちに決めてもらうさ。エルフの問題だからな」
ただ、とても難しい問題だと、ソウヤは思った。もし、自分がそれを決める立場だったらどうしただろうか?
「暗黒大陸か……」
エイタが話を変えてきた。ソウヤが即答したせいで、それ以上話すこともないと思われたのかもしれない。
「魔王軍が活発に動いているところだろ?」
「ポエスから、魔王軍の情報がいくらか手に入れられそうだ」
人間も進出しているから、地道に探っていくことになるだろうと思っていたが、思わぬ収穫があった。
「新しい魔王は、今頃、どこで何をしているのだろうな」
ソウヤは呟く。
だが、この時、暗黒大陸は大きな騒乱の渦中にあった。
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