第619話、恐るべき計画


 ドラゴンを使った作戦を魔王軍がやろうとしている。


 そう聞いて、黙っていられるミストではない。


「どういうこと? 知っていることを話しなさい!」


 竜の威圧をナチュラルに発現させ、近くにいたカマルやリアハを震えさせる。魔王軍に対しては、敵意をまったく隠そうとしない霧竜。しかし、ダークエルフ魔術師のポエスは、ドラゴンの怒気にもまったく動じなかった。


「んー、私も詳しくは知らないが、この世界の北西の果てにある、とある島にいる、とあるドラゴンの集団に、ちょっかいを出したらどうなるのって言った奴がいてね……」

「……!」


 ミストがギョッとしたような顔になった。


「まさか……正気?」

「おや、その反応、その島が何か知っているな? まあ、それはいいんだが」


 ポエスは言った。


「要するにだ。伝説とも言われる古代竜のひとつ、ファイアードラゴンの巣をつついて、彼を怒らせようという寸法だ」


 ファイアードラゴン――ソウヤもその名は聞いたことがある。魔王軍との戦いで、石化されてしまったレーラを助ける方法を模索している段階で耳にした。


 時空回廊という時を戻す空間のある島をテリトリーにしているのが四大竜のひとつ、ファイアードラゴン。その性格は、戦闘狂であるミストでさえも、手のつけられないほどの好戦的かつ凶暴さだと言う。


 その火のドラゴンに従う炎の眷属たちもまた、獰猛らしい。


「テリトリー侵犯に非常にうるさいドラゴンの中でも、暴れん坊で有名な炎の一族だ。そいつらが報復を叫び暴れ回れば、まあ大陸ひとつ滅ぼせるんじゃないのって話さ」

「冗談じゃない!」


 ソウヤは声に出していた。暴徒の如くドラゴンとその眷属が暴れれば、文字通り、草も残さず全てを灰にしてしまうだろう。


「ガチで大陸が滅びるぞ……!」

「しかし――」


 カマルが顔を引きつらせる。


「魔王軍が手を出せば、ドラゴンたちの報復は自分たちに来るのではないか? それでは意味がないのでは……?」

「普通に考えればそうだが、何も馬鹿正直に、魔族の姿で行かずとも、人間に化けるとか、あるいはどこぞの愚かな人間を放り込んで、火種にする手もある。というか、私だったらそうするね。それで人間のいる大陸を攻め滅ぼせば、楽に人類に勝てる」

「それはいつ行われる!?」


 カマルが問い詰める。しかしポエスは肩をすくめた。


「いつも何も、検討されている、という話だけで、実際にその作戦が行われると決まったわけではないよぅ。……少なくとも、私は知らない」

「本当か!? もしや、すでに実行しているとか――」

「私の知らないところで実行されていることなど、答えようがないよ。……ただぁ、やるというのであれば、私のエルフの複製製造案は、採用されなかったんじゃないなぁ」

「どういうことだ?」

「どうせ滅ぼしてしまうんだから、複製なんか作らず、今いるエルフをさっさと誘拐してしまえば済む話ってことさぁ。わかるだろう?」


 つまり、現時点で、ファイアードラゴンに喧嘩を売る案は実行されていない、するつもりがないということか。


「……でも、魔王軍なら、やるんじゃないですか」


 リアハが絞り出すような声で言った。


「グレースランドの人間を魔物化して、周辺国の混乱と弱体化をさせようとしていましたし、ドラゴンでも利用できるなら、使ってくるかもしれない」

「どう思う、ソウヤ?」


 ミストが聞いてきた。ソウヤは考える。


「もし、ドラゴンにちょっかいを出すとしたら、どのタイミングがベストだろうか、ってことだろ?」


 人類を滅ぼす、というのなら、自分たちさえ無事なら、いつでも実行できる。ただし、人類や他種族を屈服させて、支配しようとするなら、ドラゴンによる絶滅焦土化は、旨みがなくなる。……つまり、その場合は、この手は没。


 後者の場合、それでも実行するとしたら、魔王軍が追い詰められて、死なば諸共、もしくは起死回生の手として使ってくるかもしれない。


 ただ、もしファイアードラゴンたちの行動をある程度制御することができるなら、戦術として組み込める。


 たとえば人類との開戦劈頭に、ドラゴンたちを暴れさせ、人類側に大損害を与えて、弱体化ないし無力化。ドラゴンたちが引いた後に、魔王軍が悠々と占領――ということもできるわけだ。


「魔王が人類を滅ぼそうって言うなら、いつ使ってきてもおかしくない」


 ソウヤの言葉に、周囲は絶句した。ポエスは口を開いた。


「しかし、ソウヤ。少なくとも、今の魔王軍はその手を使うつもりはないだろう」


 使うなら、とっくに使っていただろうから。わざわざ大量の飛空艇を建造して、大艦隊を作る必要もない。


 カマルは、口をへの字に曲げた。


「それを貴様の口から言われても、少しの気休めにもならない」


 要するに信用がないのだ。魔王軍所属の魔術師の言葉を、どこまで信じられるのか。そもそもこの話さえ、こちらを混乱させるための手かもしれない。


「信じるわけではないが、一度そのファイアードラゴンのいる島を見に行って確かめたほうがよくないか?」


 カマルは提案したが、ソウヤもミストも眉をひそめた。


「近づくのはお勧めできないわ」

「オレらが近づいて、かえって刺激することにならない?」


 人類側の船が近づいたところで、魔王軍が仕掛けてきて、罪を人類側に被せるパターンとか。カマルは腕を組んだ。


「だが、監視は必要じゃないか? 可能性はゼロではないだろう?」

「それはそうだが……」


 触らぬ神に祟りなし、という言葉もある。その時、プラタナムが発言した。


『お取込み中、失礼します。例の不審船を目視距離に捕捉しました』


 追跡していた飛空艇に追いついた。さすが快速のプラタナム号。


「まずは、目先のエルフたちだな」


 ソウヤは思考を切り替えた。ミストが視界を正面に向ける。


「まだエルフが乗っているって決まっていないわよね?」

「他に手がかりがないしな」


 ポエスの言い分からすれば、一番可能性が高いが。


「プラタナム、飛空艇の側面につけろ。どんな船か見てやろうじゃないか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る