第618話、追跡、不審船


 カーシュは、エルフを回収しにきた魔王軍に殺されかけた。コレルたちが、もう少し遅れたら、おそらく助からなかっただろう。


 魔王軍にしても、一撃以上の手間をかけなかったようで、傷からして必要以上に苦しめようとしたものではなかった。即死でなかったのは幸運だったが、さらに運がよかったのは、つまり敵がカーシュを刺してさほど時間が経っていなかったということだ。


「プラタナム、転送」


 ソウヤが呼びかけると、すぐにクルの森の上空に待機していたプラタナム号のブリッジに転送された。


 ――瞬間移動って素敵。


「プラタナム、下の状況はモニターしていたな?」

『もちろんです、勇者ソウヤ』

「この周辺をスキャンして、魔王軍の反応を探せ。まだ近くにいるかもしれない」

『その件ですが、クルの森より北方50キロ地点にて、所属不明の飛空艇を1隻観測しました』

「魔王軍か?」

『長距離スキャンの結果、未確認の型だったため、魔王軍と断定できません』


 魔王軍が使っているアラガン級の飛空艇とは違う形の船だった。


『ただし、つい先ほど移動を開始、離れていきました』

「何かあったのか?」

『特に観測されておりません。突然浮上し、そして離脱していきました。不可解です』


 プラタナムはわからないと言ったが、ソウヤは直感的にそれだと感じた。


「プラタナム、追跡用意。その船は臭い。連れ去られたエルフが乗っているかもしれない」

『よろしいですか、勇者ソウヤ』


 プラタナムは言った。


『ここより数十キロ離れた場所です。下での状況を見るに、カーシュが刺されて、エルフたちを連れ去るとして、わずかな間で飛空艇の位置まで移動するのは、物理的に不可能では?』

「転移の魔法じゃないのか?」


 カーシュがいたとされる場所を見つけたコレルも、集落にいたエルフたちがいたのは間違いないが、そこからニオイが消えて、そこからどこに移動したかわからないと言っていた。転移ならば、その不可解な謎も解ける。


「とにかく、追跡だ。エルフを連れ去ったのは魔王軍だ。その不審船に近づけば、どの道わかるさ」

『了解。――それで、下にいるお仲間の方々はどうしましょうか?』

「あー、そうだな……」


 エルフたちが隠されていた場所には、ミストやコレルたちがいて、集落と墓所にはオダシューやガルたち調査組がいる。


「下にいるミストたちは、転送でこちらに喚べるか?」

『お任せを』

「緑の墓所にいる連中は、ゴールデンウィング二世号のほうで回収してもらおう。……そうだ、サフィロ号に不審船の追撃を」


 指示を出し終え、キャプテンシートに腰を据える。すると、数秒後、下にいた仲間たちが転送されてきた。


 ミストにレーラ、リアハ、カマル、メリンダ、コレルと従魔たち、そしてダークエルフの魔術師。


「本当に転移した」


 レーラが目を丸くし、メリンダも小さく動揺していた。


 ――いきなり転移でビックリしたんだな。


「突然、転移させてすまなかったな」


 詫びるソウヤだが、ミストは首を横に振った。


「突然じゃないわよ。プラタナムが知らせてくれたからね」


 ちゃんと事前通告してから転移させたらしい。――やるじゃないか、プラタナム。


 緑の墓所にいる者たちにも通信を入れて、以後の行動も通達済みだった。


 未だ意識を取り戻していないカーシュを、コレルと彼の従魔たちの助けを借りて、船の医務室へと運ぶ。レーラとメリンダが付き添った。


 ミストが口を開く。


「それで、飛空艇は魔王軍なの?」

「わからない。だがら、それを確かめる」


 ちら、とソウヤは、ダークエルフ魔術師を見やる。リアハとカーシュが側にいて彼を監視している。魔王軍の魔術師は、驚きこそ表情には現れなかったものの、興味深そうに視線を走らせている。


「そういえばお前、名前は?」


 ずっと名前も聞いていなかったダークエルフ魔術師に問えば。


「ポエス。ガルガンのポエスだ」


 好奇心が勝っているのか、上の空のような返しだったが、ダークエルフはポエスと名乗った。


「ポエス、エルフを回収にきたという魔王軍は、どうやってくることになっている?」

「どうやって、とは? あぁ、飛空艇を使うかってことか? 使うだろうねぇ。陸路でエルフを輸送するのは、大変な手間と時間が掛かる」


 飛空艇のパーツや魔法兵器の素材という重要物資である。魔族統一を進め、人類との戦争を計画する魔王軍としても、確実かつ素早くこれらの物資を手に入れてたいところだろう。着々と準備を進めているはずだ。


「それで、ポエス。いま追跡しているのがお仲間の船だとして、その行き先は知っているか?」

「暗黒大陸だろう。……詳しくは知らんが、ヴァルムか、それかハイスに運び込むだろうよ。魔道具関係で、さらに魔王軍の兵器開発といったら十中八九あそこだろう」


 興味なさげに淡々とポエスは言った。――仮にも敵だろうに、そうポンポン喋っていいものだろうか? 嘘情報かもしれない。


「カマル」

「ヴァルムとハイス――暗黒大陸西方にある都市だ。……あそこに魔王軍の拠点があったとは」


 さすが諜報畑の人間であるカマルである。暗黒大陸の地理にも多少の知識はあった。リアハが眉をひそめる。


「不気味です。……魔王軍の癖に、こうも情報を明かすなんて」


 グレースランドの騎士姫も、ソウヤと同じ不安を抱いた。しかし、ミストは胸もとで腕を組み言った。


「……こいつ、今のことに関してなら嘘は言ってないわ」

「確かか?」

「心外ね。ワタシはドラゴンよ。嘘かどうか、見ていればわかるわ」


 自信たっぷりのミストである。ドラゴンの前に嘘は見破られる。――あれ、オレ、彼女に嘘をついたり誤魔化したりしたことがあったような……。


「ドラゴン、ドラゴンかぁ……」


 ポエスは、不思議そうにミストを見た。


「そういえば、魔王軍の方で、何かドラゴンを使った作戦をやろうとしているって、話を聞いたことがあったな。あれは、確か――」


 ダークエルフの魔術師は、そんなことを言い出した。

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