第611話、消えたエルフ


 銀の翼商会は、連合各国との調整や商売、商会業務を遂行する組と、暗黒大陸開拓組に分かれた。


 前者はジンを中心にやってもらうとして、後者はソウヤが率いる。


 今も昔も暗黒大陸と呼ばれているそこは、かつては魔族に支配されていたが、十年前の魔王討伐から、人類はかつての領域を取り戻し、今ではかなりの人が住んでいるという。


 銀の翼商会は、新たな顧客開拓という体で暗黒大陸に乗り込む。実際のところは、活発化している魔王軍の動きを警戒し、調査するのがメインではある。


 ソウヤと共に暗黒大陸へ赴くのは、ミスト、レーラ、リアハ、ガル、ライヤー、フィーア、オダシュー、アフマル、アズマ、グリードらカリュプス組、カマル、メリンダ、コレルと魔獣たち、フラッドといった勇者組、カエデ、ヴィオレット、ナダ、そしてソフィアの兄であるサジー。エイタたち海賊組もこちらにつく。


 ミスト以外のドラゴン組は、影竜とフォルス、ヴィテスが同行。クラウドドラゴンとアクアドラゴンは、ジンやセイジ、ソフィアたちとこちらに残る。


 船も、プラタナム号、ゴールデンウィング二世号、サフィロ号が暗黒大陸に行く。



  ・  ・  ・



 暗黒大陸に行く前に、ソウヤはプラタナム号に乗って、エルフの集落のあるクルの森へと飛んだ。


 カーシュとダルに会っておこうと思ったのだ。


 記憶喪失――かどうか怪しいがアガタのことも気になるし、緑の墓所と呼ばれるエルフの埋葬施設から遺体が消えたという話も気になっている。


 エルフたちから浮遊ボートを買いたいという注文を受けていたから、それを届けにきたといえば、森に近づいても邪険にはされないだろう。


『勇者ソウヤ、悪いお知らせがあります』


 森に到着寸前、プラタナムは声をかけてきた。


『エルフ集落から、生命反応が観測できません』

「何だって?」


 それはつまり――息を呑むソウヤ。ミストが顔を上げた。


「それって、エルフが集落にいないってこと?」

『そうなります、ミスト嬢』

「どこぞへお引っ越しか?」


 ソウヤは口調こそ冗談めかしているが、顔は真面目だった。


「全員? 本当にエルフがいない?」

『何らかの遮蔽技術で隠れていない限りは、そうなります』

「それはそれで問題だな」


 隠れていたとして、何で隠れているのか、という問題が出てくる。オペレーター席にいるフィーアが振り返った。


「ここならカーシュさんやダルさんとの通信が届くと思います。呼び出しますか?」

「そうだな――いや、待て」


 何らかのトラブルに見舞われているなら、こちらから呼び出すのは危険かもしれない。


「もし隠れていたとして、近くに敵がいたら、それで潜伏がバレてしまうかもしれない」

『しかし、この周辺にエルフや、その他生物の生命反応はありません』


プラタナムが指摘した。


『その敵とやらも、近くにはいませんよ?』

「こうは考えられないか? 集落に何かあって、エルフはみな逃げた。それか、捕まってしまっている、とか」


 脳裏に浮かんだのは、こことは別のエルフ集落が、魔王軍に襲われ、兵器転用された事件。


 ――そんなことが、クルの森でも起きたなんて、思いたくないが。


「ミスト、魔力眼で、エルフ集落を偵察してくれ」

「任せて」

「プラタナム、エルフ集落の上空に移動」

『よろしいのですか? こちらの姿を見せて』

「まだ敵がいるとか、それが関係しているともわからない。案外、こちらの姿を見せたら、ダルのほうから通信してくるかもしれない」

『了解』


 ただし、警戒はしておく。集落からエルフがひとりもいないのは、さすがに異常事態である。


 ――何が起きているんだ。



  ・  ・  ・



 クルの森のエルフ集落は、外から見た限りは、人っ子ひとりいなかった。


「静かだな」


 浮遊ボートで集落に乗りつけたソウヤは呟いた。


 ミストの魔力眼による捜索も、今のところエルフやその他生物を見つけられていない。いや鳥や虫は、ふつうにいたが。


 ――プラタナムの観測通りか。


 生命反応がないなら、機械とかアンデッドがいる可能性も考えたが、集落内に動くものはない。


 浮遊ボートを降りて、ソウヤは辺りを見渡す。まったくもって静かだった。木漏れ日が差し込み、やや冷たさをもった森の空気にかすかな安らぎをおぼえる。


「空気が淀んでいるわけでも、おかしな気配を感じるでもない」

「強いていえば――」


 ガルが首を傾げた。


「静か過ぎる。まるで廃墟のようだ」

「随分と綺麗な廃墟があったものだ」


 同行したカマルが言う。エルフ集落内は、建物が壊れたり、木が折れたりなどの破壊は見られなかった。エルフの死体が転がっていることもない。


「ボス」


 オダシューの声がした。見れば、近くの民家の入り口前にいた彼が、アズマと地面を見ている。


「何か見つけたか?」

「ええ、まあ。見つけたというか……」


 オダシューの視線が、アズマへと向く。彼は地面の足跡を見ている。


「ここで思い切り地面を蹴ってます。走ったんでしょうな。一歩、二歩」


 アズマは地面の足跡を指さした。かなりくっきり残っている跡だが――


「三歩目はどこだ?」


 オダシューの言葉に、アズマは首を振った。


「ありません。そこにあるはずの――普通なら地面についたはずの三歩目以降がどこにもありません。二歩目も力強く踏んでますから、走るのをやめたにしろ、三歩目の足はどこかにつくはずなんですが……」

「消えたっていうのか」


 ソウヤは腕を組む。


「走っている――何かから逃げようとしたのか? それが途中から消えた」


 空でも飛んだとでも言うのか? 翼を授けよう、もとい、天使とか翼を持った魔族だとでも?

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