第610話、挨拶回りには飽きた


 目が回る忙しさだった。


 勇者ソウヤが、人類連合艦隊を率いて魔王軍飛空艇艦隊を破った――それが大陸中に轟いたために、様々な国や地方有力者から、ソウヤと銀の翼商会はお声が掛かった。


「勇者と面会して良好な関係を結んでおきたい。ま、そういうことだ」


 ソウヤは、内心では冷めていた。


 再び現れた魔王軍に対して、いざという時は助けてもらう――そういう話ではある。


 勇者時代、魔王軍と戦いながら転戦したが、有力者たちからは、軍資金の提供だったり優遇だったり、あるいは縁談を持ちかけられたものだった。


 が、もちろん、お願いするだけでは、駄目ではないがよくないことを、彼らは知っている。


 物事には優先順位があるのだ。


 勇者が人助けをするといっても、勇者はひとり。同時に複数対処しなければならないとなれば、当然、順番がつけられてしまう……と、彼らは思うのである。


 自分だったらどうするか、と考えればわかる。貧乏人より金持ち、平民より貴族、貴族より王族――むろん、ソウヤの本心からすれば、そういう順番はつけないが、彼らはそうは思わない。自分たちの価値観で考える。


 結果、ソウヤやその仲間たち、そして銀の翼商会のいずれか恩を売るわけである。


 ソウヤは、ただでも助けるお人好しだが、彼らはそうは思っていない。だから少しでも自分や自分の周りを守ってもらえるように、軍資金だったり、家宝だったり、嫁を出したりする。


 ――変わってねぇな。


 十年前は、ただただ苦い気分になり、仲間たちに面倒をお願いしていた。


 だが、今は違う。国を回れば、飛空艇や通信機、電撃砲などを売りさばく。


 どうぞ、我々が駆けつけるまで、これで自分を守ってください、と。


 でもできれば、この装備で、一緒に魔王軍と戦ってくれると嬉しいなぁ。ほら、我々は同じ人類、仲間じゃないですか。仲間は大切にしなきゃ――


 露骨に恩を売ろうとする者には恩着せがましく、戦争に引きずり込む。そうでない者には、その土地の名産品や余剰品に目をつけ、安く仕入れた。


 銀の翼商会は、飛空艇のおかげで活動範囲はグローバル化しつつある。安く仕入れて、高く売れるところへ行ける行動力を最大限に活かせる状況にある。


 また魔王軍との戦いで、様々な物資が必要になってくる。その時に、商品を提供できるようにアイテムボックスに確保しておく。……なに、大量に仕入れるのは、そこで値崩れを起こしているものとか、処分に困っている余剰品目ばかりだ。


 そうやって移動している間にも、どこかで余っていたものが、別のどこかで品薄になり困っていたりするところに出くわしたりする。


 銀の翼商会は行商である。最近では、飛空艇などのビッグな品を大きく動かしているが、基本の商売もまたやっていた。


 そんなことをしていれば、忙しくなるのも当然と言える。ソウヤが、様々な招待を受けて、顔を売るついでに魔王軍戦の協力を取り付けたり――これも英雄の仕事――そこで商売だったりをしている間、銀の翼商会の各飛空艇も、人類連合の主要国に、約束の飛空艇を輸送したりと忙しかった。


 エンネア王国、ニーウ帝国、グレースランド王国、レプブリカ国、クイント王国が終われば、新たに連合に参加した国への飛空艇販売や輸送である。


 人類は、来たるべく魔王軍の再来に備えて、軍備を整えつつあった。先行してトルドア船を手に入れた五か国では、新艦の乗員の訓練が急ピッチで行われて、戦力化も進みつつある。



  ・  ・  ・



「――と、ここらでそろそろ、魔王軍に備えた動きにシフトしていこうと思う」


 ソウヤは、ゴールデンウィング二世号の会議室に、幹部級メンバーを集めてそう言った。


「こちらが準備していることも、魔王軍は当然掴んでいるはずだ。問題は、いつ連中が攻勢を仕掛けてくるか、だ」


 ぐるりと一同を見回すソウヤ。会議室には、ミスト、クラウドドラゴン、アクアドラゴン、ジン、レーラ、リアハ、ライヤー、オダシュー、カマルが中央席。脇のオブザーバー席にセイジとメリンダ、フラッドがいる。


「――カマル」


 ソウヤが促すと、カマルは頷いた。


「エンネア王国の諜報機関に確認したが、暗黒大陸では、魔族の動きが活発になっている」


 へぇ、とミストがどこか楽しそうな相槌を打った。


「具体的には目撃情報の増加らしい。本格的な攻撃を受けたとか、大規模襲撃を受けたという報告は入っていないが、地方の辺境集落が襲われたりということは、割と起きているらしい」

「それ、攻撃されているわよね?」


 ミストが確認すると、カマルは肩をすくめた。


「地方にいる賊と区別がついていない件も多くてね。状況証拠にはなるが、魔族じゃないかって話だ」

「目撃情報が増えているのは、やっぱり何かしらの兆候だろう」


 ソウヤは眉をひそめた。


「ジーガル島を叩かれて、魔王軍もこのまま黙っているはずがない。身内の始末は早くつけたいだろう」

「暗黒大陸に乗り込む?」


 クラウドドラゴンが発言した。ソウヤは首を縦に振る。


「いつ来るかもしれない敵に脅えるのは、性に合わないんでね。招待もひと段落したし――」


 招待、という言葉に、ミストやライヤーが小さく笑った。


「これ以上、それに付き合っているとキリがないんでね。連合に加わってくれそうなところとは、ひと通り話は済んだし」


 何がおかしいのか、ミストとライヤー、さらにはオダシューやジンまで苦笑している。


「何だ?」

「いえ、気持ちはわかるわよ、ソウヤ」


 ミストは笑いをこらえようとしている。が無駄な努力だった。


「次に会ったら、お見合いの画を見せられるんだっけ?」


 ライヤーが吹いた。貴族を相手にすると、そういうこともある。これ以上の招待、もとい挨拶回りは、本当に縁談もありそうだと感じていた。


「退屈なお付き合いより、刺激的なお付き合いがあなたには向いているわ」

「魔族とケンカすることがか?」

「楽しいでしょ?」


 ミストは真顔で言うのである。これだから戦闘狂は……。――ここらで話を戻そう。


「そんなわけで、偵察も兼ねて、暗黒大陸に行く。表向きは、銀の翼商会として行商活動を。――顧客開拓に、な」


 ソウヤは一同を見回す。


「ただ、こっちでもオレたち銀の翼商会への依頼や注文もあるだろう。そこで、商会を二手にわけて、こちらでも引き続き活動する。――爺さんには悪いが、こっちの担当をよろしく!」

「任された」


 ジンは首肯した。飛空艇絡みの商談が来たら、対応できるのは、クレイマン王ことジンしかいない。


「じゃあ、そういうわけで。一応、皆にも確認だけど、選んでくれ。暗黒大陸か、こっちの大陸で商会業務をこなすのか」


 聞くまでもないドラゴンさんたちは別としても――

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