第606話、ドラグゥ
魔王軍魔術師キハンは、森の中の砦じみた建物にある門をくぐった。後ろからは、人類軍の兵たちが怒号と共に追いかけてくる。
「キハン様!」
「門を閉めよ! 時間を稼げ!」
施設の兵たちが施設へ入るための門を閉め、さらに外壁上に弓やクロスボウを持った魔族兵が上がって、向かってきた人間の兵を攻撃する。
荒ぶる息を静めつつ、キハンは施設の奥へと急ぐ。コルドマリンの騎士がやってきた。
「キハン様! 外はどうなっているのでありますか?」
「ここからでは見えんか? 人間どもがジーガル島を攻めてきたのだ。……波はここまでこなかったか?」
「波……ですか?」
怪訝に首を傾げる青肌の魔族騎士に、キハンは少し眉をひそめた。
「来なかったわけだな。軍港は大波に飲み込まれて壊滅状態だ。そこへ狙いすましたように、人間どもがやってきた。軍港はもうおしまいだ!」
この森の施設は、人類側も把握していなかっただろうが、ここに敵が来た以上、おそらく増援と、飛空艇が向かってくる。そうなれば、ここは長く保たない。
「我々もおしまいだが、黙って全滅されてやるつもりはない」
「何をなさるおつもりですか?」
コルドマリンの騎士が尋ねる。キハンは、実に愚かな質問だと思った。
「知れたこと。培養していたドラグゥを放つ!」
「ドラグゥを……!?」
騎士の青い肌がさらに濃く青ざめた。
「いや、しかし……あれはまだ、敵味方の判別すらできていない生物! 我々も無事では――」
「どうせ人間どもに殺されるのだ。構わん」
施設の扉を開け放ったまま、キハンは奥へと進んでいく。
「死なば諸共だ……!」
・ ・ ・
それは黒き獣だった。
狼にも似た四足の動物だが、体毛がなく、つるんとした印象だ。額には一本の角があり、尻尾は鞭のように長く、非常にアンバランスだ。
それが収容されていた扉が開かれた途端、次々と外へと飛び出した。まるで何かに導かれるように。
まず襲われたのは、施設内にいた魔族兵だった。その魔獣の凶暴な爪が引き裂き、牙が急所を貫いた。
臭いを嗅ぎ、聴覚で物音を逃さず、獲物として追い詰め、死を与えていく。施設を守っていた魔族兵は、後背から襲いかかってきた黒い魔獣の餌食となった。
施設を攻めていたニーウ帝国兵たちも、中の異変に気づく。しかしどうする間もなく外壁から魔獣が降ってきて、攻撃してきた。
それらは素早く密集していた兵たちに飛び込むと、手当たり次第に暴れ、周囲の被害を拡大させた。
その爪は、一撃で鎧を切り裂き、肉をえぐった。牙は兵の手や足、首をかみ砕き、死を与える。
さらに額の角からは光の魔弾を放ち、遠くから射殺を狙っていた弓兵たちを撃ち抜いた。
魔獣の名はドラグゥ。
対人類との戦いに備え、魔王軍が開発していた魔獣型兵器。地上戦で先陣を切り、敵を殲滅する凶暴なる魔獣。
ただし、制御に問題があり、同種――つまりドラグゥ以外の生物は、すべて攻撃してしまうという欠点を抱えている。
魔王軍は、この魔獣を制御できるように試行錯誤を重ねているが、いまだ解決策は見出されていない。
それ故、現状は『使えない兵器』として保留されていたのだが、研究者であるキハンは、どうぜ全滅するのなら、敵味方が識別できなくとも関係ないと、この魔獣を地に放ったのである。
人間に一矢報いるために。
・ ・ ・
リッチー島傭兵同盟と銀の翼商会の面々が、捜索している一帯に、ソウヤたちは到着した。
ここでの抵抗は微少であり、少数の魔族兵と遭遇しては、たちまち制圧していった。大波と空爆で満身創痍の敵が多かったが、それでも魔族兵は向かってきた。結果、返り討ちにあうわけだが。
『勇者ソウヤ』
「どうした、プラタナム?」
通信機に聞こえたプラタナムの声。
『魔王軍の反撃のようです。ニーウ帝国軍の受け持ち地区に、未確認の魔獣が多数襲来しています』
「未確認?」
『これまで確認されたことのない四足歩行の魔獣です。額の角から電撃か光線の類いを放ち攻撃します』
「なんだそりゃ……?」
角からビーム、もとい魔法を撃つ魔獣とは。
「プラタナム、状況を教えてくれ」
上空にいるプラタナム号からなら、地上の様子はよく見えるだろう。
『現在、帝国軍の受け持ち地区を驀進しつつ、軍港敷地内に広がりつつあります。魔獣の襲撃を本営に報告しようと伝令が走り出しましたが、追いつかれてやられました』
「実況をどうも」
こういう時に、通信機を使わないとな――各国に通信機を渡しているものの、上級指揮官たちの分しかないため、まだ末端は伝令がメインである。
「あー、攻略部隊本営、聞こえるか? こちらソウヤだ」
『――こちら本営です。勇者殿、どうされましたか?』
知らない声だが、おそらく本営にいる通信機の担当兵だろう。ソウヤは続けた。
「上にいる飛空艇からの報告だが、帝国の受け持ち地区に未確認の敵魔獣が現れ、目下苦戦しているようだ。魔獣は他地区へも展開しつつあるらしい。各グループは警戒。オレも魔獣の迎撃に行く」
ここに来て、新たな脅威が出現。簡単には終わらせてくれないらしい。ソウヤは、ぼやきたいのを抑え、仲間たちと移動を開始した。
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