第605話、すべては順調――?


 プラタナム号は、ジーガル島軍港施設内に降下した。


 海面でなくても、降りられるのが飛空艇のいいところだが、船の大きさ故、できるだけ水平かつ、広い場所が望ましい。そうでないと、飛空艇を着陸させられない。


 幸い、ジーガル島軍港は、魔王軍の飛空艇運用施設のため、飛空艇用の発着場など着陸可能ポイントが複数あった。


「はあー……上から見た時も何となくわかっていたが、これはまた酷いな」


 ソウヤは、発着場から見える軍港施設を眺める。


 アクアドラゴンのタイダルウェーブが、ジーガル島軍港に直撃した結果、破壊された町のように瓦礫と倒壊した建物だらけだった。


 その破壊の主であるアクアドラゴンは、今も施設内を悠々と闊歩している。


「まるで怪獣映画だな」

「エイガ?」


 ミストが聞いてきたので、ソウヤは肩をすくめた。


「オレの世界にある動く映像……いや、何て言ったらいいのかな」


 この世界だと、どう例えるのがいいだろうか。千里眼……魔法……。どれもしっくりこない。


「動く物語、みたいな?」

「ふうん。よくわからないわ」


 あまり気にした様子もなく、ミストは竜爪槍を出した。


 すでに上陸した人類連合の地上部隊が、この瓦礫の軍港施設にいる魔族兵と戦闘をしている。

 だが、この辺りの掃討は完了しているようだった。少なくとも見える範囲に敵の姿はない。


 発着場脇に、上陸部隊の本営が設置されていた。人類連合軍のジーガル島攻略部隊の指揮官を務めるのは、ニーウ帝国のリヒ将軍だった。


 長身の人物であり、寡黙な印象を与える。


「勇者殿」


 本営にやってきたソウヤたちを迎えると、早速、軍港の制圧状況を報告した。


「軍港施設の敷地内全体を、各国軍が捜索しております。ここを我が帝国軍、こちらにエンネア王国軍、ここをクイント王国軍――」


 と、机の上の大まかな軍港地図を指し示していくリヒ将軍。艦隊同様、基本は、それぞれの国の部隊ごとにグループ分けし、担当地区を捜索、そして制圧している。


 前線からの報告は、それぞれの部隊がこの発着場の本営陣地に伝令を送ることになっていた。この本営も、指揮官はニーウ帝国の将軍だが、各国の上級将校がいて、国際色は豊かだった。


「現状、三か所で敵の抵抗が報告されています。ただ、飛空艇の援護もあり、増援要請が必要なほどの状態ではありません。何がトラブルが発生しない限り、制圧は時間の問題でしょう」


 ――何もトラブルが発生しない限り、ね……。


 フラグのようなものをソウヤは感じた。ミストが片方の眉を吊り上げた。


「ワタシたちが出張るまでもなかったってことかしら?」

「現状は、そうですな」


 リヒ将軍は静かに頷いた。


「大嵐と大波で、すでに軍港は半壊。さらにアクアドラゴンが、敷地内の建物を破壊して回っているので、その担当地区の部隊は、ドラゴンの後ろについていくだけの簡単な仕事をやっています」

「それはさぞ、破壊を楽しんでいるんだろうな」


 ソウヤは皮肉った。人間社会で、ドラゴンが暴れようものなら即討伐しようと軍が動くだろうが、そのドラゴンが味方として、敵を叩いているのである。人間たちにとっては頼もしいのと同時に、当のドラゴンは何の気兼ねなく大暴れできるという。


「状況はわかった。緊急の用件がないなら、オレたちも残敵捜索に加わろう」

「よろしいのですか、勇者殿」


 リヒ将軍は淡々と言った。


「地上は荒れて見通しがよくありません。一応、制圧している地区も、まだ敵が潜んでいるやもしれません」

「それを探しに行くんだよ」


 残敵掃討、捜索は何気に骨の折れる作業である。しかしこれをやらないと、真に安全を確保することはできない。


 前線を押し上げる一方、通過した場所の掃討が不充分で、前線視察をしようとした将軍が襲撃されて死亡――なんて話もなくはない。


「お気をつけて。……護衛はいりますか?」

「こっちにも頼りになる仲間たちがいるから大丈夫だ」


 上陸部隊全体の指揮は、リヒ将軍に任せて、ソウヤたちは施設捜索に向かう。歩きながらミストは言った。


「で、ワタシたちはどこへ行く?」

「リッチー島傭兵同盟の受け持ち地区。うちのメンバーもそっちにいるからな」


 前線に向かう前に、本営近くに救護所が出来ていた。前線から運ばれてきた重傷者たちがいて、魔族兵の抵抗もまた一筋縄でいかないのが見てとれる。


 レーラが聖女の力を用いた治癒で、負傷者たちを助けていた。


「聖女様だ……」


 負傷から回復した各国の兵たちが、祈りの姿勢を取っている。これまで、グレースランド王国以外で、レーラの生存を大っぴらにしていなかったが、今回のことでおそらく聖女生存の話は一般にも広まるだろう。


 命にはかえられないとはいえ、騒動にならないことを祈るのみである。



  ・  ・  ・



「魔族を逃がすなーっ! 進めーっ!」


 ニーウ帝国騎士が叫ぶ。槍を持った兵たちが横列を組んで突進する。オークやリザードマンといった魔族兵が後退しながら、クロスボウを撃って、槍の列を崩しながら逃げる。


「人間どもめ……!」


 魔王軍魔術師キハンは毒づく。――まさかジーガル島に、人間の軍隊で攻めてくるとは!


 魔族兵の誰もが、まったく想定していなかった事態である。昨日まで、いや今日も、連中が現れなければ明日もそれ以後も疑わなかったに違いない。


「嵐の隙をついてくるとは……!」


 運にも見放されている。ジーガル島を未曾有の大嵐が襲い、それが過ぎたと思われた直後の大波と、人類側の襲撃。出来過ぎと思うほどの不運が重なり、一方的な猛攻にさらされている。


「このままでは済まさんぞ!」


 後ろで、足止めしている同胞の絶命の声が聞こえた。


 もはや残っている魔族兵は少ない。赤いラインの入った灰色鎧をつけた人間軍――ニーウ帝国兵は精強であり、魔族兵の咆哮にもまったくひるまず突撃してくるのだ。


「キハン様!」

「見えたぞ!」


 軍港施設を離れた森の中に作られた、とある魔王軍の施設が――

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