第598話、先行するドラゴンたち


 ジーガル島へ移動中、人類連合艦隊より先行するソウヤたちプラタナム号とサフィロ号は、魔王軍の警戒艦を発見。これを撃沈した。


 魔王軍は人類の動きを察知し、待ち伏せの艦隊を展開しているのでは――と予想したソウヤだったが、ジーガル島近海に近づいてなお、その兆候はなかった。


「プラタナムはサフィロ号に後続する。エイタ、いつものやつ、頼むわ」

『了解だ、ソウヤ。フォグ展開』


 サフィロ号の霧展開能力で、その船体を隠す。ソウヤは次に移った。


「それじゃ、クラウドドラゴン。しばらくひとりだけど、お願いするわ」

「たまには、ひとりでいるのもいいものよ」


 クラウドドラゴンは席から立つと、艦橋を離れる。


「最近は、人と接してばかりだったから」


 ドラゴンは群れない。銀の翼商会の守護竜を自称して、共に行動しているが、それよりも前はひとりでいることのほうが多かった。たまには、というものだろう。


「まあ、寂しくなったら、アクアドラゴンとお喋りしている」

「そうだった」


 アクアドラゴンがいた。ずっと船室にこもって顔を出さないから半分忘れていたソウヤである。


 彼女も今回のジーガル島攻略作戦において、一仕事してもらうことになっている。


 ミストは肩をすくめる。


「大丈夫かしら、アクアドラゴンは」

「大丈夫でしょ。あれでも四大竜の一角。クラーケンが苦手と言っても生理的な問題であって、ぜんぜん雑魚だもの」


 そう言い残して、クラウドドラゴンは去る。アクアドラゴンを引っ張り出して、ジーガル島近海にて手順通り行動してもらえば、ソウヤたちは後続の艦隊に戻れる。


「ミスト。魔力眼で島の様子を見てくれ。前と何か大きな変化がないか……」

「任せて」


 ミストが、ドラゴンの目で、遥か彼方にあるものを見る。その間に、ソウヤは、サフィロ号と通信を取り、エイタと通信する。


「サフィロ号は島の近くに潜伏して、何かあれば後続の艦隊に知らせてくれ」

『了解、ボス。あからさまに魔王軍が動いたりしたら、連絡するよ』

「幸運を」

『あんたもな』


 通信終了。霧の領域を広げつつ、サフィロ号はゆっくりとジーガル島方面へと移動する。プラタナム号は、ゆっくりと下降、海面が近づく。


『甲板にクラウド、アクア、両ドラゴンが出ました』

「あんがとよ、プラタナム」


 ソウヤはブリッジ脇の扉から外に出ると甲板を見下ろす。灰色髪の美女と、水色髪のツインテール少女の姿があった。


「ふたりとも! 気をつけて!」


 大声で呼びかけるソウヤ。ドラゴンたちは艦橋を見上げた。


「行ってくるー! 別にあんたのためじゃないんだからねー!」


 アクアドラゴンが大声で返した瞬間、クラウドドラゴンが彼女の首根っこを捕まえて、甲板から外へ放り出した。


 何とも豪快な投げ方だった。クラウドドラゴンは甲板の端を蹴って飛び出すと、灰色ドラゴンの姿になって、大空へ飛び上がった。


「……あれ、大丈夫なのかな」


 ソウヤは不安に思いつつ、ブリッジの中へ戻った。


「どうしたの?」


 魔力眼を使いながらミストが聞いてきた。ソウヤは、ふたりのドラゴンの出発の様子を語る。


「前々から思っていたけど、アクアドラゴンって変じゃね?」


 本人がいないのをいいことに、ソウヤは思ったことを口にした。


「何かやたら偉そうかと思ったら、ツンデレっぽい話し方をしたり、なんつーか……口調がブレてるっていうか」

「元々、ドラゴンよ。あなたは彼女に何を期待しているの?」


 ミストは鼻で笑う。


「人間とは喋れるけど、ドラゴンからすれば人語はネイティブじゃないし。発音やら口調が一定しないのも仕方ないわよ」

「でも他のドラゴンは、流暢だぜ?」


 ミストやクラウドドラゴン、そして影竜も。


「そりゃ、ワタシやクラウドドラゴンは人間へ関心が深いから、その都度きちんと新しくしているもの。影竜は流暢っていうけど、喋り方のパターンがひとつしかない分、普通に聞こえるだけよ」


 でもアクアドラゴンは――とミストは続けた。


「あの人、長生きしている分、過去色んな人間と会ってパターンを習得していると思うんだけど、整理せずに適当に浮かんだ言語を組み合わせているから、おかしなことになっているんじゃないかな」


 たとえるなら、影竜は英語しか喋らないが、アクアドラゴンは、英語、日本語、ドイツ語、ポルトガル語など複数言語を喋り、頭に浮かんだ言語で喋るために、相手を混乱させる、ということらしい。さっきはドイツ語を話していたのに、次に会ったら日本語で話しかけられた、というやつ。


「何でそんな面倒なことを」

「まだ人間にわかる言葉や口調で話しているだけマシでしょ。アクアドラゴンからしたら、どうして自分が人間に合わせないといけないのってことだし」


 何せ伝説の四大竜。それと比べたら人間などちっぽけな存在だ。つまるところ、アクアドラゴンは人間など取るに足らない存在と見ているということだろう。


「確かに数千年生きたドラゴン様からすれば、人間なんて取るに足らないかもな」


 自嘲するソウヤ。そこでふと思い出す。


「そういや、アクアドラゴンって海に入るのトラウマになってなかったっけ?」


 最初に会った頃がそうだった。クラーケンが苦手で引きこもりになった云々。ミストは言った。


「克服したんでしょ。それかトラウマでもなかったか。リッチー島へ行った時、あの人、泳ぎにいくって海に行ってたわよ」

「そういえば……」


 ソウヤもそこで思い出した。常に監視をしていたわけではないが、見ていないところで成長したり、変わったりしているんだな、と思う。


 ――他の仲間たちも、俺のいないところで、何か苦手を克服したり、新たな特技を開拓しているかも。


 ソフィアが魔法を開花させたり、セイジが暗殺者顔負けの実力者になっていたり。組織が大きくなると、隅々見れなくなるとはよく言ったものである。仕事が忙しいを理由に、あまり疎かにしてはいけない。


「……うーん、見たところ、ジーガル島に変化はないわね」


 魔力眼を使っているミストが言った。


「前回来た時と、特に何か変わった様子もないわね。飛空艇が別段増えている様子もないし、まとめて出払っているわけでもなさそうよ」

「そいつはよかった」


 まだ、ジーガル島は日常の中にあるようだ。やがてここは、人類連合艦隊が押し寄せ、非日常に叩き落とされることになる。

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