第597話、前衛警戒


 プラタナムとサフィロ号は、従来の飛空艇よりも速く飛行していた。人類連合艦隊より先行し、遙かなる大海、その空を突き進んでいる。


「この下にはクラーケンとかリヴァイアサンとか、得体の知れない化け物がウヨウヨしているんだぜ」


 プラタナムのブリッジで、ソウヤが言えば、ミストが皮肉げに唇を歪めた。


「それ、アクアドラゴン先輩に言ったら、泣くわよ」


 伝説の四大竜であるアクアドラゴンは、クラーケンが苦手だ。それで自分の住処から出てこず、引きこもりになっていた。


 そして今現在、アクアドラゴンは気分が悪くなったと、プラタナム内の船室で休憩をとっている。


 道中にクラーケンの仕業かもしれない大渦を見たせいだろう。海上を行く水上船では、とても近づきたくない代物だ。


 ――空の上でよかった。


「そういえば適当なことを言ったけど、この世界にリヴァイアサンっているのか?」

「でっかい海蛇でしょ。いるんじゃない? ワタシだって名前くらいは聞いたことあるもの。……見たことはないけれど」


 ミストは、艦橋にある席にいるクラウドドラゴンへと視線を向ける。灰色髪の美人の姿をとっている伝説の風を司るドラゴンは首を傾けた。


「アクアドラゴン曰く、でかいだけの蛇だと言っていたわ」

「オレの世界だと、とてつもなく長いって聞いた」


 本物は見たことがないけど――ソウヤは眉を動かした。


「この世界のリヴァイアサンもデカいのかな」

「デカいって、クラウドドラゴンは言ったわ」

「聞いた話」


 と、そのクラウドドラゴンは言った。


「アクアドラゴンが話を盛っている可能性はある」


 かくいう彼女も、その全体を拝んだことはないらしい。ソウヤは腕を組む。


「そういえば、リヴァイアサンってドラゴンの仲間なのか?」

「は?」


 ミストとクラウドドラゴンの反応は淡泊だった。


「大蛇じゃないの? 知らないわ」

「知らないわね」


 クラウドドラゴンはシートにもたれた。


「水の眷属のことは、担当外」


 何とも無気力な返事だった。ソウヤは顔を上げる。


「プラタナム。ドラゴンさんたちが冷たい」

『リヴァイアサンは、人間世界では、怪獣、大海獣、化け物と言われています』


 管理システムである『プラタナム』は解説を始めた。


『悪魔ともドラゴンとも言われていますが、なにぶん目撃例が少ないため、実像は謎に包まれています』

「あれ? ドラゴンたちはデカい蛇だって言っているぜ?」

『私はあくまで、人間世界でのリヴァイアサンについて解説しているだけです』


 プラタナムは説明した。


『海で襲われた巨大海獣や、シーサーペントを誤認した可能性も否定できません。途方もない巨大な怪物をリヴァイアサンと呼称したと推測される例もあります』

「シーサーペントね……」


 あれも蛇のような体をしていて、しかも大きい。遠景で一瞬しか確認できなかったら、それを誤認する可能性は確かにあるとソウヤは納得した。


 ブリッジのオペレーター席についているフィーアが顔を上げた。


「ソウヤさん、センサーに反応あり。針路上に飛行する物体を探知」

「敵か?」


 ここは空の上。下は海。魔王軍の拠点のあるジーガル島へ向かっている道中である。可能性としては魔族の可能性が高い。


『識別しました』


 プラタナムが報告した。


『魔王軍標準型飛空艇1。先日、私たちが撃沈したものと同型です』

「単独か? 他に船は?」

「確認できません」


 フィーアが答える。ミストは首を捻った。


「偵察かしら?」

「あるいはジーガル島を守る警戒線かも」


 近づく存在を感知し、通報する見張りかもしれない。人類側も飛空艇を持っている。それがフラフラとジーガル島にたどり着いて、拠点の場所を人類側にリークしたら魔王軍も困るだろう。


 ――もしかしたら、連合艦隊のことを知っているのでは……?


 魔王軍の大陸侵攻軍は叩いた。だが彼ら魔族が、ひとり残らずいなくなったわけではない。人間社会を探る諜報員とか、工作員が潜り込んでいるのは違いないだろう。


 人類側が飛空艇を集めて出撃した――そういう情報が魔王軍に通報されている可能性は充分にあった。


 ――だとしたら、敵が艦隊で待ち伏せしていることも考えられるんだよな……。


 察知されているか否か、それを確認する意味をこめて、ソウヤはプラタナムで先行したのだ。


「ここで、こっちの進撃がバレるのは面白くない」

「もうバレているかもしれないけれどね」


 ミストが冗談めかした。ソウヤはバイク型操縦シートに座る。


「プラタナム、サフィロ号に通報」

『すでに伝達済』

「仕事が早いね」

『勇者ソウヤ。サフィロ号、エイタ船長より通信が入っています』

「スピーカーに」

『了解』


 すぐにサフィロ号からの通信が聞こえてきた。


『ソウヤ、単独の敵だと聞いた。こいつは覗き野郎だと思うが、後続の連中のためにも仕留めておくべきだと思うが?』

「まったく同感だ。……プラタナム、こっちは気づかれているのか?」

『いえ、まだ見つかっていません』

「なら、こっそり攻撃して撃沈してしまおう。――エイタ、任せられるか?』

『お任せあれ。サフィロ号が前に出る!』


 サフィロ号が速度を上げて、プラタナムを追い越した。霧を展開しての霧中航行を開始。プラタナムのブリッジの窓もうっすらと霧――雲に包まれていく。


「プラタナム、霧の中でも飛べるな?」

『センサーを動員すれば可能です。ですが――』

「心配しなくても、ワタシたちがいる限り、ぶつかったりはしないわよ」


 ミストが言えば、クラウドドラゴンも微笑した。


 霧のドラゴンと、風のドラゴンの二人にかかれば、霧や雲などあってないようなものだった。


 その後、先行したサフィロ号は、雲の中から魔法誘導魚雷を発射し、魔王軍飛空艇を奇襲、これを撃沈した。

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