第599話、ジーガル島を襲う災厄


 その日から、ジーガル島は低気圧の中に入った。


 雨が降り、強い風が吹いた。魔王軍ジーガル島造船所の中枢ホラーン・タワーに勤めていた魔族の天気予報士は、急激な天候悪化に首を傾げていた。


 雨は時間と共に強くなり、最初は雨天でも構わず飛空艇を出港させたり、帰港させたりしていたのだが、横凪の暴風に重量物が引っ張られて飛ぶようになると、それも見合わせた。


 外に出ると、吹き飛ばされるほどの風が吹き荒れていたからだ。船は飛行石で耐えられても、乗組員が危ない。


 同様に造船所や拠点施設も、活動が最低限となり、大半の魔族は兵舎などで待機が命じられた。


 ジーガル島は大嵐に見舞われたのだ。


 二日目。大雨は続く。外に出していたものが倒れたり、飛んできて壁や天井に当たる音は、魔族兵たちに少なからぬ動揺を与えた。雷が落ちると、一部の兵が恐怖に縮こまり、しかし直後に近くに大きな落雷があると、周りで笑った兵たちも苦笑するしかなかった。

 造船所や工事中の建物では、近くに置いてあった資材や建材が倒れたり吹き飛ぶ事故も発生。嵐の中、現場へ駆ける応急要員も、あまりの強風に立って歩くのも困難という有様で、引き返さざるを得なかった。


 この世界の建築物でも屈指の高層の塔であるホラーンタワーも、風の唸りが勤務する兵の心を揺さぶり、軋むような音に震え上がらされた。


 もしかしたら、強風でタワーが倒れてしまうのではないか? 外は、それはもう酷い大嵐だった。


 そしてついに、飛空艇駐機場で、1隻のアラガン級クルーザーが風によって押されて、駐機台から落ちるという事故が起きてしまった。


「この嵐はいつまで続くんだ!」


 ジーガル島軍港司令官ドンサは、軋むタワーの司令部から苛立ちを露わにした。むろん、彼がどれだけ怒りを溜めようが、嵐が収まることはないのだが。


 いつまで続くかわからない嵐は、昼頃に唐突に収まった。雨は弱まり、風は若干吹いているが、出られないことはない。


「待機中の者に伝達。先の嵐による被害確認。急げ!」


 ドンサ司令官の命令を受けて、軍港および拠点施設の確認作業が開始された。昨日から待機を命じられた兵たちは、やっと動けるとばかりに外に飛び出して、それぞれの持ち場へ急行した。


 ある程度予想されたことだったが、暴風と大雨で一部施設の損壊、浸水が確認された。


「まるで戦争があったみたいだ……」


 とある魔族兵は、軍港内の道に散乱する木材や石材を見て呟いた。拠点外の木が風で引き抜かれて、外壁に突き刺さっていたりと、広い範囲で被害が出ていた。


 が、これは始まりに過ぎなかった。


 魔族が、ジーガル島拠点の惨状に気を取られていた頃、巨大な大波が海から押し寄せてきたのだ。


 地鳴りのような轟音。海のほうを見れば、巨大な海水の壁が高くそそり立ち迫っていた。


 ホラーン・タワーはただちに警報を発したが、多くの兵が施設に散っていて、巨大波への反応が遅れた。


 避難も間に合わなかった。ジーガル島軍港に波が激突し、海水が一気に施設を、船を、魔族兵を飲み込み、吹き飛ばした。



  ・  ・  ・



「軍港施設に、アクアドラゴンのタイダルウェーブが直撃。下は大変なことになっているね」


 サフィロ号。霧の魔女ことリムは愉悦に満ちた顔になった。この性根ド外道魔女は、大量殺戮が好物なのだ。阿鼻叫喚の地獄となっているだろうジーガル島を見下ろし、ニヤニヤが止まらないようだった。


 船長であるエイタは頷いた。


「上空待機中の敵船に魔法魚雷攻撃! 1番から4番、発射! ジャック、外すなよ!」

「オレが道を間違えたことがありましたか? 魚雷1番から4番、発射」


 魔法による遠隔誘導魚雷を操作するジャック。サフィロ号の船首より放たれた空中魚雷は、大嵐で軍港に降りられず、空中で待機していた魔王軍クルーザー4隻に向かう。


 雲に紛れて近づいた魚雷は、それぞれ1発ずつ魔王軍の飛空艇に導かれ、その船底を突き破って中に突入すると爆発した。


 1隻が派手な火を噴いて、真っ二つに爆沈した。可燃物への直撃だったかもしれない。


 残る3隻は、船内から煙を漏らしつつ、ゆっくりと降下する。いや、飛行石を的確に破壊された結果、浮力を保てず、墜落しつつあるのだ。


「見事な腕だ、ジャック」


 エイタは相好を崩した。マストの見張り台にいるポーキー族から報告が来る。


「船長! 来ました! 連合艦隊ですぜ!」



  ・  ・  ・



 人類連合艦隊は、ジーガル島軍港を目指して進撃していた。


 前衛は、ソウヤたちゴールドグループ、エンネア王国のブルーグループ、ニーウ帝国のレッドグループだ。


 ゴールドグループの旗艦『プラタナム』。ソウヤは水天の宝玉こと、念話玉を使ってクラウドドラゴン、アクアドラゴンと連絡を取っていた。


『地上は大混乱。アクアドラゴンのタイダルウェーブで、地上施設と人員へのダメージは計り知れないものがある』


 クラウドドラゴンは、ジーガル島軍港の上空から、自身の起こした大嵐の後の観測を行っていた。


『上空に止まっていた敵船は、サフィロ号が撃沈した。いま、この空に敵はいないわ』

『やってやったのだー』


 アクアドラゴンの声がした。さすが念話玉。相手が水中にいても通話ができる。


『ここはひどい海だ。サーペントはおるし、クラーケンもおるし、そんなところに私をひとりで放置なんて、ひどいのだ』

『そう? 退屈はしていなかったみたいだけど』


 クラウドドラゴンのツッコミに、アクアドラゴンはムッとした声を返した。


『まあ、所詮、シーサーペントなど蛇だし、クラーケンも単独では私の敵ではないわ。ただお昼寝できなかったのが悔やまれる。この怒りを、波に変えてぶつけてやったけどなー!』

『さすがの威力だったわ』

『ん、そう? わっはっは! もっと褒めていいぞ!』


 お調子者だなぁ――ソウヤは思ったが、それについては黙っていた。


「ご苦労だったふたりとも。ありがとう。後はこっちで片付ける。ま、暴れ足りないというなら、手伝ってくれると助かるけど……」

『聞いた? アクアドラゴン。暴れていいらしいわよ』

『いいのか? じゃあ、私は海から上陸する!』


 念話玉が切れた。人間社会で生活したら、ドラゴンが暴れていいなんて状況はまずない。何咎められることなく、暴れ回れる機会と聞けば俄然やる気が出るようで。


「……そんな顔するなよ、ミスト」


 恨みがましい視線を寄こすミストに、ソウヤは苦笑した。ここにも暴れ回りたいドラゴンがひとり。

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