第578話、アダマース


 古代文明時代の遺跡から出てきた大型飛空艇は、ここではない異世界――霧の海世界からの漂流物だった。


 ジン・クレイマンによって、その正体が明らかになった船。その艦橋に呼び出されたのは銀色の髪の美女。


 まるで女神の降臨かと思った。グレースランド王をはじめ、居合わせた者たちの目に、彼女は神々しく映った。


『ようこそ、バトルクルーザー「アダマース」号へ』


 銀髪美女は名乗った。


『私はこの艦の管理システム「アダマ」。どうぞお見知りおきを』

「……管理システム?」


 ソウヤがジンへと視線を向ければ、老魔術師は肩をすくめた。


「サフィロ号にもサフィーがいただろう? あれだよ」

「あぁ……」


 そういえば、サフィロ号で操舵輪を握っている青髪の女の子がいた。船長のエイタ曰く、管理精霊と呼んでいたが。


「たしか、魔力を使って自分で整備や修理ができるっていう……」

「そう。この場合、このアダマが動いているから、魔力さえ与えれば、人が手を加えなくても勝手に船が修理されて使えるようになる」


 そう説明し、ジンはグレースランド王に歩み寄った。


「おめでとうございます、陛下。このアダマース号は、グレースランド王国の最強最大の船として活躍してくれるでしょう」

「そ、そうか……。この船は、そんなに凄いのか?」

「ええ、トルドア型船が束になっても単艦で互角以上に渡り合えます。現状、人類国家が保有する最強の船と言っても過言ではありません」


 よくもすらすらと言えるものである。ソウヤは感心してしまう。


 ――そういえば、爺さん。霧の海世界で、こいつと同型艦を乗り回していたって言っていたからな……。よく知っていて当然か。


 ともあれ、魔王軍の飛空艇艦隊とも戦うことを考えると、この戦力アップは、人類側にとってありがたい。


 ジンがグレースランド王とその騎士らに、船のことを説明する。が、グレースランド王は、ソウヤを見た。


「すまない、ソウヤ殿。この船で忘れていたが、遺跡の奥に、勇者遺跡へ通じている門がある。騎士に案内させるから、そちらへ行ってもらえるか?」

「わかりました」


 そもそも、ソウヤたちがここにいるのは、アダマース号ではなく、勇者に関係する遺跡を見つけたから来れないか、と知らされたからである。


 ソウヤは改めて、案内の騎士に導かれて船を後にする。リアハとレーラは、アダマース号を眺めながら言った。


「グレースランド王国に、霧の海世界の船が流れついていたなんて」

「遺跡で発掘されたのだから、大昔なんですよね」


 姉妹は話し合う。


「お父様は嬉しそうだった」

「ジン様曰く最強の船だそうですから」


 リアハは微笑む。


「グレースランド王国には飛空艇がサジテール号しかない、って、私が子供の時から、嘆かれていました」


 魔王との戦いの時代には複数隻を保有していた国としては、小型快速艇1隻しかなかったのは、さぞ心もとなかっただろう。


 トルドア船6隻を購入したから、1隻のみという状況は脱却した。だが、魔王軍の脅威が迫っている中、不安を感じていたに違いない。


 アダマース号の船首方向へ歩く。横目で見ると、改めてその船の大きさを実感した。


「こちらです」


 騎士が、その『門』の前で立ち止まった。


「飛空艇周囲の岩を除去していたら、こちらの門を発見しました」


 岩の壁に高さ4、5メートルほどの金属製の巨大な門があった。中央で割れるようになっているように見えるが、扉には取っ手などはない。そして門の上に、剣のレリーフが刻まれていた。


「……剣の紋章」


 レーラが、そのレリーフを見て呟いた。勇者の神聖剣の形に合わせて作られたそれ――確かに勇者関係だ。


「ソウヤ様。神聖剣は――」

「……持っているよ」


 アイテムボックスの奥底に眠っている。


 魔王を討伐した時に使っていた神聖剣。ソウヤが意識を失っている10年の間、アンドルフとクレアが保管してくれていた。そして旅立ちの時の荷物整理で、二度と使わないだろうと思いつつも迂闊に世間の目に触れさせることはないと思い、アイテムボックスに仕舞っていたものだ。


 ソウヤは、神聖剣を取り出す。門の前で、レリーフに向かって神聖剣を掲げる。


 剣が光った。


 レリーフも同じく剣の形で光った。


 ゴゴゴッ、と音を立てて、門が左右に開いた。案内の騎士とリアハは目を丸くしている。ソウヤは神聖剣を戻して苦笑した。


「勇者時代に、こういう遺跡を何カ所か回ったんだよ」


 通信機のスイッチを入れて、ゴールデンウィング二世号に連絡を入れる。ライヤーが出た。


『どうしたんだ、ボス?』

「勇者遺跡にこれから入るんだけどさ、これまでのパターンからすると、ちょっと実力行使が必要な可能性もあるから、何人か戦える奴を回して欲しくてさ」


 ソウヤは、レーラとリアハを見やる。彼女たちのガードのためにも、人手が欲しい。


「カーシュとかダルとか……」

『その二人は、レプブリカで王都観光しているよ』

「あー、そうだった……」


 ソフィアとセイジや、その他面々と一緒に。タイミングが悪い。


「じゃあ、メリンダとフラッドがいただろう? 勇者組をメインで空いている奴を数名、こっちに寄越してくれ」

『あいよ。……なあ、旦那、おれもその遺跡見に行ってもいいか?』


 古代文明研究家の血が騒いだようで、ライヤーが志願してきた。ソウヤは口元を意地悪く歪める。


「どんな罠があるかわからんぞ。遠足気分だと危ない――って覚悟しているならいいよ」


 勇者遺跡は、『試練』の場と言われることもある。何もないこともあれば、勇者に武器やアイテムを託すために、危険な罠が待ち構えていることもあった。


「ここが、そんな危ない遺跡でないことを祈るばかりだが……」


 勇者時代に、試練を受けて思ったものだ。魔王を倒すための旅の途中で、勇者試練で死ぬなんて冗談じゃないぞ、と。

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