第577話、渓谷に沈む異世界船


 グレースランド王国南部、スフェール渓谷。むき出しの崖の中ほどに、古代文明時代の遺跡が点在している。


 かつての都市は、今や廃墟だが、グレースランド王国は細々と発掘作業を続けていた。


 何故、いまだに発掘が進められているのか? この遺跡は10年以上前に、初代ゴールデンウィング号が見つかった場所だからだ。


 飛空艇の残骸も多く、まだ見ぬ飛空艇が発掘できるのでは、と期待がもたれているいるという。


「船は変わっちまったけど」


 ソウヤは、ゴールデンウィング二世号の甲板から、スフェール渓谷を見下ろす。


「こいつの飛行石は、初代ゴールデンウィング号のものなんだよな」


 これもひとつの里帰りか――などと、感傷に浸る。傍らで、渓谷の下のほうを見ていたリアハが指さした。


「ソウヤさん、あれを見てください!」

「んー。グレースランド王国の飛空艇だな」


 大きさとしては、ゴールデンウィング号より小ぶりの飛空艇が、遺跡の上に停泊している。1本マストに、左右2枚ずつの飛行翼がある快速フリゲートだ。


「サジテール号ですね」


 グレースランド王国が保有する唯一の船だったものだ。今はリッチー島傭兵同盟からトルドア型飛空艇を購入したため、唯一ではなくなっている。


 サジテール号から信号が来て、ゴールデンウィング二世号は、その左隣に停船する。さっそくグレースランド王国軍の騎士がやってくる。


「勇者様、リアハ様、レーラ様――」


 挨拶にきた騎士は、国王陛下が下の遺跡にいることを告げ、案内すると言った。


「お父様が来ているのですか?」


 レーラが問えば、案内役の騎士は答えた。


「こちらの遺跡で、大型の飛空艇を発見いたしまして。これまでにない大型船ということで、陛下自ら監督に来られているのです」

「勇者に関係がある遺跡で見つかったってやつか?」

「いいえ、勇者様。それでは別ですね。というより、この船の全体を掘り出していたら、別の勇者遺跡にぶつかったといいましょうか」

「へえ、そうなのか」


 てっきり、その大型飛空艇が勇者に関係あるものかと思ったソウヤである。


 渓谷の底に穴が開いていた。大きな空洞である。要所にグレースランド王国の兵士が警備に立っている。整備された下り道を、騎士の案内でソウヤたちは行く。


 空洞の天井が屋根のようだと思った矢先、その大型飛空艇とやらの姿がすぐに見えてきた。


「ほぇ、これはまたデカいな……」


 ソウヤは手をかざして、その全容を眺める。


 ざっと見たところ、船首から船尾まで百メートル以上はあるようで、これまで見た飛空艇の中でも最大の大きさだ。こちら側が船尾のようで、ジェット形式と思われるエンジン噴射口が四つ見える。


 マストも高く、どちらかと言えば帆船ではなく、近代かあるいはSF世界の軍艦を連想させる。全部金属製のその船体は、むしろサフィロ号などを思い出させた。


「プロペラがないですね」


 レーラが率直な感想を口にした。リアハも首を傾げる。


「船っぽいですが、かなり異質です」

「……これは爺さんを呼んできたほうがいいかな?」


 ジンなら――かつてのクレイマン王なら知っているのではないか。ソウヤは通信機でジンを呼び出す。


『どうした、ソウヤ?』

「ちょっとこっちへ来てもらえるか? 爺さんの意見を聞きたい」

『わかった。すぐ行くよ』


 先導の騎士は先に進むので、ソウヤたちもそれに続く。


 やがて、飛空艇の横に作られた櫓にたどり着く。そこにグレースランド王の姿があった。


「おお、来てくれたか、ソウヤ殿。レーラ、リアハも元気そうで安心した」

「お久しぶりです、陛下」


 前回会ったのは最近で、王城に招かれての晩餐会だった。


「これまた凄い船ですね」

「ああ、我が国でも古代文明遺跡の発掘は地道に進めていたのだが、まさかここまでのものが出てくるとは正直思ってもみなかったよ」


 グレースランド王は、巨大飛空艇へと視線を向ける。飛空艇というより、もうこれは戦艦とか言っても差し支えないのではと、ソウヤは思う。


「これまでの飛空艇とだいぶ型が違うようですね」

「その通りだ。船全体が金属製の飛空艇など初めてだ。少なくとも、私が知る限りは初ではないか」


 そこで王は、眉を八の字に下げた。


「これまでとまったく異なる形式で、正直、どこをどうすれば動くのかすらわからない。これだけの大型船だ。動いたら、さぞ強いと思うのだが……」


 動いたら。まさにその点が問題だ。せっかく発掘しても、使えなければただの歴史的資料にしかならない。


 全体はほぼ掘り起こされていて、動かすことができるなら、すぐにでも飛びそうではある。


 しばし眺めていると、ジンがやってきた。


「これはまた……」

「よう、爺さん。どう思う? この飛空艇」


 ふむ、と老魔術師は、櫓に立って端から端をざっと見回した。


「うーん、これは、この世界のものではないな」

「何だって!?」

「どういうことか?」


 ソウヤとグレースランド王は驚いた。ジンはおもむろに頷くと、飛空艇に乗り込むためにかけられた橋へと歩く。


「サフィロ号と同じだよ。霧の海世界から流れてきた船だな」


 断言するジン。サフィロ号に似ていると思ったのは気のせいではなかったか――ソウヤや王は続く。


 甲板上には、やはり王国兵が見張りについていたが、グレースランド王がくると敬礼をした。ジンは飛空艇内への通路を見つけ、中へと入っていく。キョロキョロと見回しているのは道順の確認か。彼に従いついていった先は、ブリッジだった。


 むき出しではなく、箱形の部屋に窓がはめ込まれた近未来的な艦橋といった構造だった。


 その中央に何やらお立ち台のようなものがあり、スイッチやボタンのあるコンソールパネルを弄る。


「わかるのかい、爺さん?」

「まあね。あっちの世界で、飛空艇を手に入れた話をしただろう? 覚えているかね?」

「……ディアマンテ号」

「正解」


 ジンは頷いた。


「この船はその同型艦だよ。……さあ、自己紹介をしてもらおうか」


 台座が光を放つ。警備の騎士らが身構え、リアハがグレースランド王の前に立つ。ソウヤたちの見守る中、銀色の長い髪をなびかせた美女が光をまとって現れた。

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