第575話、片や観光、片や休息


 レプブリカに向かうぞ、となった時、銀の翼商会の一部からブーイングが上がった。


 その代表例がソフィア。


「せっかく花の都に来たんですもの。ゆっくり観光したいわ」


 セイジとデートしたいだけなんじゃないか――ソウヤは邪推したが、女性陣は、せっかく初めてきた土地なので、観てまわりたいようだった。


 クイント王国との交渉が終わったらすぐ移動するつもりだったから、銀の翼商会メンバーには船で待機しているよう伝えてあった。だが船から王都を眺めていた面々には、生殺しのような状態だったようである。


「今オレたちは、レプブリカの貴族様を船に乗せているんだぞ?」


 商会としては、レプブリカを訪問して、商談とジーガル島攻撃計画に参加するかの意思確認をしないといけない。


 ジンが助け船を出した。


「まあ、休暇は必要だと思うよ。ニーウ帝国でもそれなりに忙しかったからね」

「そりゃ、そうだが……」

「国外に待機しているリッチー島傭兵同盟の軽クルーザーを1隻こちらに回す。我々は、レプブリカに行き、ここで休暇を過ごした者はクルーザーに乗って、後から合流する」

「後で合流できるなら、それでいいわ」


 ソフィアら観光希望者はそれで納得した。


「問題だけは起こしてくれるな」


 そう釘を刺すことを忘れないソウヤである。


 かくて、二手に分かれた銀の翼商会。オダシュー、ガルに観光組のお守りを任せる。ソフィアとセイジの他に、カーシュやエルフのダルも観光に残った。


 ゴールデンウィング二世号は王都セーラを離れて、レプブリカへと進路をとった。


「若いねぇ……」


 ゴールデンウィング二世号のブリッジで、ライヤーは鼻歌を歌うように言った。


「セイジとソフィアは相変わらず、仲がよさそうで……どこまで進んだのかな?」

「どこまでって?」


 ソウヤは首を傾げる。ライヤーは戯けて見せた。


「おいおい、旦那。わかってるんだろ? 若い男と女がくっつくとなりゃ、アレしかないだろ?」


 要するに――ソウヤは、考えるのをやめた。


「そういうのは野暮ってもんだぞ」

「いいじゃねえの。こういうのは、人生を楽しむネタってやつだ」

「人の噂ってのは、あまりいい感じはしないな」


 ソウヤは手すりにもたれる。ライヤーはニヤリとした。


「そういう旦那はどうなの? うまくやってる?」

「何が?」

「とぼけなさんな。今一番仲がいいのは誰だ? 聖女様? お姫様? それとも――」

「ワタシよ」


 ひょい、とミストが顔を出した。どこからブリッジに上がってきたのか。階段を無視して手すりに掴まり、そこからくるりと回って登ってきた。


「今一番の仲良しは、ソウヤとワタシ」


 その豊かな胸で、ソウヤの腕を巻き込みつつ腕を絡ませてくる。今日はいやに積極的なスキンシップである。


「花の都観光には残らなかったんだな」

「ワタシ、花には興味がないのよね」


 ミストはソウヤの腕にもたれてきた。


「そもそも花に興味があるドラゴンなんて、ほぼいないんじゃないかしら。花竜くらい?」

「花竜? そういうのもいるんだ……」


 ソウヤは、聞きなれないその名前にかすかに驚く。


「どんなドラゴンなんだ?」

「背中の甲羅に草や花を咲かせている変わり者よ」

「……甲羅があるドラゴンなんだ」


 亀みたいに四足だろうか? 想像するソウヤをよそにライヤーも言った。


「ドラゴンにしちゃ、お洒落さんじゃねえの。一度見てみたいな」

「お勧めはしないわよ。体の至るところにコケがついていて、ついでに花を咲かせていたりするんだけれど――」


 コケがついている、と聞いた時点、華やかなイメージが途端にアンデッドに変わった。


「そいつが吐くブレスを浴びると、全身からキノコや花が咲いてきて、たちまち体中の血液が吸い取られて死ぬ」

「聞くんじゃなかった……」


 ライヤーは首をすくめた。何というおぞましいブレスを吐くのか。


 苦笑しつつ、ソウヤはアイテムボックスの転送ボックスの中身を確認する。時々やらないと、連絡が来たのを忘れたりするので、油断ならない。


「……グレースランドからだ」


 手紙が一枚。蜜蝋で封がされている。ミストが覗き込んだ。


「何だって?」

「さあ、オレじゃなくて、レーラとリアハ宛」


 何だろうと思いつつ、家族のプライベートなものだと悪いのでソウヤは開けない。


「中身は何? 開けましょう!」

「ダメだって」


 ミストが好奇心を疼かせる。どうせ読めないだろうが、誰かに代読されても面倒なので、アイテムボックスに収納。


「そういえば、二人は花の都観光か?」

「レーラとリアハ? ふたりとも船にいるわよ」


 何やらミストが胸を押しつけて、押し倒すように押してくる。――じゃれるな、じゃれるなったら。


「観光しなかったのか。意外だな」

「そうでもないわよ。レーラはあなたと一緒じゃないと出かけないだろうし、リアハはあれで真面目だから、こちらが休めって言わない限り、仕事に付き合うつもりよ」


 レーラが出かけないというのは何となくわかる。聖女様は、世間ではお亡くなりになっていることになっているので、ソウヤが誘わない限り、出かけず遠くから眺めるのに徹する。


 しかし問題はリアハだ。休める時は休んでほしいものだが。


「いま、この船、魔王軍対策の一環で行動しているでしょ? そういう事情で動いている時はリアハも休む気はないみたい」


 魔王軍絶対許さないマンのようになっているリアハである。


「まあ、船にいる間、いくらでも休めるだろう。ついでに手紙を渡してこよう」

「ワタシも行っていい?」

「どうぞお好きに」


 がっちり腕をホールドされているソウヤである。ミストとデートしているみたいに連れ立って、甲板へ下りる。


「さあて、リアハはどこだ?」

「あ、ソウヤ様」

「よう、レーラ」


 お姉さんのほうがいた。ソウヤとミストが腕を組んでいるのを見て、レーラは微笑む。


「今日はどうしたんですか?」

「オレにはわからん。ミストに聞いてくれ」

「気分よ、気分」


 ミストはニコニコである。


「あなたもやったら。左側が空いているわよ」

「じゃあ、失礼します」

「おい」


 ミストとは逆にレーラが腕を絡ませてきた。不思議がるソウヤを見上げ、レーラはニコリとした。


「気分です」

「……そうですか」


 そう答えるしかないソウヤだった。

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