第574話、使う人とお金を握る人
王都セーラは、花の都らしい。王都の端にある飛空艇発着場に降りたゴールデンウィング二世号から、ソウヤたちはジュメッリ伯爵と共に王城へと移動した。
都市の至るところに花壇があり、建物の窓にも、赤や黄、白といった花々が鮮やかに咲いていた。
王城に到着し、ソウヤとジンは、さっそくクイント王国の国王カルド三世と謁見した。
その後、別室に移動して、軍担当と財政担当を交えての飛空艇の販売についての商談が行われた。
結果、トルドア級飛空艇は8隻の購入が決定。小型快速の飛空艇はあるかと聞かれたので、リッチー島傭兵同盟が使っている小型フリゲートを提示したところ、2隻の購入希望があった。
トルドア船は正規軍の主力として使いたいようだが、フリゲートのほうは、老朽化した小型船の代わりを作る際の参考として運用したいという。
「そこで、銀の翼商会に確認したいのですが――」
財政担当官から確認が入った。
「販売リストの中に、飛空艇用の飛行石のみ、というのはありますか?」
これには、ソウヤはジンへと顔を向けた。
「飛行石のみ、ですか」
「というのもですね、我が国は、他国と比べても、大きさはともかく船の数はそれなりにありまして。かなり年季が入っている船も多く、飛空艇を扱う設備もそれなりにございます」
「つまり、飛行石を除けば、独自に飛空艇を建造できるノウハウがある、と」
「そういうことです。事実、現在稼働している我が国の飛空艇の3分の1は、老朽化した船体を完全新造したものに変えたものになっております」
つまり、飛行石があれば、独自に船を作れる技術を有しているということだ。だが、飛空艇を空に浮かせる飛行石は再現できないようで。
「まあ、構わないでしょう」
ジンがそう返した。
「ただ、現在は魔王軍に対抗する国家への船の販売を優先していますから、少々時間が掛かるかもしれませんが。……なあ、ソウヤ?」
「ええ、そうです。目下、脅威への対策が優先ですから。ただ、銀の翼商会は行商です。ご依頼頂いた品は、調達しますよ」
ソウヤが頷くと、財政担当官もニコリとした。
「もちろんです。魔王軍の存在は脅威ですからね」
「それで、勇者殿」
軍担当――オルロ将軍が口を開いた。
「ジーガル島にあるという魔王軍の巨大拠点を、各国の連合艦隊で攻撃するという計画があると、ジュメッリ伯爵から聞いたのだが、事実であろうか?」
「ええ」
「……それで、協力した場合、追加の飛空艇を無償で提供していただけるとか?」
――お、これは。
ソウヤは内心でほくそ笑んだ。クイント王国も参戦だろうか。
「ええ、早いうちに魔王軍の兵器生産を止めたいですから。各国にも無理を行って戦力を出してもらっているわけで……お礼代わりに」
だが、この時、財政担当官は渋い表情を浮かべたのをソウヤは見逃さなかった。
結局のところ、クイント王国も攻撃参加の意思を表明したのだが、財政担当官は最後まで渋い顔だった。
・ ・ ・
「つまるところ、予算の問題だよ」
王城からの帰り道、ジンはそうソウヤに言った。
「将軍閣下は、参戦すればタダで追加戦力を手に入れられることを期待した。だが、財政担当官は、無闇に船が増えるのを嫌がった」
「それがお金の問題なのか?」
「そう。飛空艇でも何でも、購入すれば、それでおしまいというわけではない」
老魔術師は、とある民家の二階を指さした。王都セーラの住民が花に水をやっていた。
「花でも何でも、ああして手を加える必要がある。飛空艇で言えば、燃料、普段のメンテナンス。消耗部品の交換等々で、維持費がかかる」
戦闘部門としては、武器が増えるのは大歓迎だが、お金を捻出している方からすれば、維持費が想定より多くなってしまい、見直しが必要になってくる。
「今回の商談に、財政担当が参加したのも、軍が目先の戦力につられて、国庫を圧迫するようなことがないよう手綱を締める役割を担うためなのかもしれない」
「なるほど。……そういえば、伯爵との交渉の時にも言ってたもんな。飛空艇は、購入した分と同じくらい維持費がかかるって」
「物の例えなんだがね」
ジンは意地の悪い顔になる。
「ただ、私たちの世界でもよくあった話だ。例えば海軍は、軍艦を増やしたいから、増強計画を建てるんだが、そのままの額を受け入れたら、国家予算が軍事費で食い潰されてしまう。だから『これ本当にいるの?』と予算を出しているところが、あれこれ問いただして、計画を縮小させていた」
「へぇ」
「現場はあれこれ欲しがるが、財布を握っている方からしたら、それを鵜呑みにはできないというわけだ。子供がお小遣いに5万円を要求して、はいはいとそれを親が渡したら、来月の生活費がないんだが……という割と深刻な話」
「それは深刻だ」
子供の頃は、毎月のお小遣いが少ないと嘆いたものだが、確かに親の稼ぎから考えて、生活費やらローンやらがあったことを考えれば、割と頑張っていたのではないかと、今なら思える。大人になって、いや、その立場になって初めてわかることの一例だ。
ソウヤとジンは、飛空艇の発着場に戻る。次はレプブリカだ。
「リッチー島に、船を手配しないといけないな」
ジンが言った。クイント王国に、トルドア船8隻と小型フリゲート2隻。これから行くレプブリカにはトルドア船が10隻の予約が入っている。
「久々に商人をやってる気分だ」
「注文を受けて、それを運ぶ。まさに行商だね」
老魔術師が笑うと、ソウヤは肩をすくめた。
「飛空艇を販売するなんて、始めた頃には考えもしなかったよ」
クレイマン王の遺産のおかげでもあるが、その王の懐に収まる前のトルドア帝国という大昔の帝国もまた、何隻の飛空艇を建造したのやら。リッチー島にある分で全部ということもないだろうから、数百隻の飛空艇を有する大帝国だったことが想像できる。
「なあ、爺さん。もし魔王軍とかつてのトルドア帝国が戦っていたら、どっちが勝つと思う?」
「興味深い想像だね」
ジンは顎髭を撫でた。
「あの頃は、魔族の規模も小さかったが、今だと案外いい勝負だったかもしれない」
だが――と老魔術師は、声を落とした。
「だからといって、現代にあのトルドア帝国が存在してほしいとは思わない。人間ではあっても、やっていることは魔王軍とどっこいだったからね」
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