第573話、クイント王国と交渉


 ジュメッリ伯爵を通してのクイント王国との交渉は、少々困ったことになった。


 ジンの言葉を借りるなら、『具体的に何隻希望するのか? 欲しいだけ提供した場合、貴国はおそらく財政破綻した上に、船を持て余すことになるぞ?』だそうである。


 要約すると、ジュメッリは、王国から『あるだけ欲しい』と数字を示されなかったのだ。だから金額を示されても、伯爵は『全部くれ』としか言わなかったのである。


「実に失礼ながら、クイント王国は、現在何隻の飛空艇を保有されているのですか?」

「それに答えねばならぬのか?」


 ジュメッリは表情を険しくさせる。これに対してジンはこう返した。


「ええ。具体的な数字を出していただけない以上、そこからある程度推測していくしかないのですよ」


 よろしいですか、と老魔術師は眉をひそめた。


「あるだけと言われたのでこちらは100隻用意しました。――しかしお金が足りません、船の置き場がありません、人手が足りません、では洒落にならないのですよ」

「……」

「比較対象がピンキリなので一概に言うのも憚られるのですが、例えば飛空艇1隻で砦が1つ建つと考えていただければ想像がつくと思います。100の砦の建造費を、クイント王国は一度に用意できるのでしょうか?」

「それは無理だろう!」


 ジュメッリは声を張り上げた。しかしジンは動じない。


「さらに手に入れた飛空艇には、購入した分と同じくらい維持費が毎年かかると言われますが……。クイント王国はそこまで資金が潤沢なのでしょうか?」

「むぅ……」


 国が破綻する。欲しいだけ、なんて馬鹿正直に言えば、財政破綻まったなしである。


 その昔、列強各国の海軍の軍拡競争がヒートアップした結果、国家予算を圧迫し、このまま行けば、破綻する未来が見えたので各国は軍縮条約を結んだ、という例も存在する。


 この世界の話ではないにしろ、身の丈に合わないものに無理をすれば破滅するのは、どこも同じだ。


「貴国の王陛下は、おそらく銀の翼商会が販売している船の数がそこまで多くないと想像されたのでしょう。だから『あるだけ欲しい』と申されたのだと思います」


 普通に考えれば、その予想は間違っていないだろう、とソウヤは思った。この世界では飛行石が発掘品頼りということもあり、飛空艇の数が限られていた。


 銀の翼商会が、複数の国に飛空艇を販売していると聞いて、もう残り少ないのでは、と考えても無理はない。


 そもそも、クレイマン王の保有していた資産であることを知らないのだ。3桁の数の飛空艇を持っているなんて、クレイマンと聞かなければ予測することさえできないだろう。


 ――エンネア王国、ニーウ帝国、グレースランド王国で、すでに二十数隻……。これだけでも充分過ぎるほどの数だもんな……。


 スポンサーがデカいというのは、恐ろしいものである。さすが世界の富を手に入れた伝説の王クレイマンの遺産である。


 ソウヤは助け船を出すことにした。


「こちらは希望数をご用意できるので、クイント王国の王陛下と具体的な船の数についてご相談しましょう。伯爵閣下さえ、よろしければ、これから我が銀の翼商会の飛空艇で、クイント王国まで赴きましょう」

「こ、これから?」

「早い方が陛下も喜ばれるのでは?」


 ソウヤが言えば、ジンも口を揃えた。


「希望数を円滑に手に入れられれば、王陛下も伯爵閣下の働きを高く評価されるでしょう」

「む、そうか。……そうであるな。ソウヤ殿、ぜひにクイント王国まで来てもらえないだろうか?」


 ようやく、ジュメッリ伯爵の態度が柔らかくなった。王国側の希望に応えられるのがわかり、その成果を国王に報告できるとなれば悪くはないだろう。


 伯爵にとっての最悪は、レプブリカに先を越されたことで、入手できる飛空艇の数が減らされることだから。希望数が揃うのであれば、交渉の順序など些末な問題なのだ。



  ・  ・  ・



 レプブリカとクイント王国との交渉が済んだ後、銀の翼商会は両国を訪れることになった。


 訪問の準備を終えて、ルス・ボラス辺境伯とジュメッリ伯爵、そのお供たちと合流。ふたりはそれぞれ母国に魔力を飛ばして交信する魔道具を使って連絡したとのことだった。


「飛空艇を購入できたことは、我が王も喜んでおいででした」


 ルス・ボラスが言えば、ジュメッリも。


「我が王国も必要数を確保できたことを喜ばしく思っている。子細について、我が王都に到着してから、改めて」


 そんなわけで、ゲストを乗せたゴールデンウィング二世号は、エンネア王国を離れて、新たな交渉先であるレプブリカとクイント王国へ出発した。


 地理的な条件もあり、今回はクイント王国を先に訪れる。ジュメッリとルス・ボラスはそれぞれの連れてきた兵士たちと、飛空艇からの景色を楽しんでいた。


 そしてクイント王国に到着。国境を越えたところで、さっそくクイント王国軍所属の飛空艇と遭遇した。


「伯爵閣下、貴国の船のようですが……」

「心配無用だ、ソウヤ殿。すでに話は通してある」


 ジュメッリ伯爵は請け合った。銀の翼商会の飛空艇が侵入してくることは、クイント王国も了解済みである。中型快速艇であるクイント王国飛空艇は、王都セーラまでのエスコートのようだった。


 クイント王国は、国の半分近くが山岳地帯だった。気候は穏やかで、平地では農業が盛んだと聞く。


 飛空艇からでも、クイントの山の数は多いのがわかる。ソウヤは、学生時代に見た地理の本での日本のとある空から写真を思い出していた。


 ――地上を歩いて行ったら、結構な時間が掛かるんだろうな……。


 空は天候を除けば、障害がほぼないので、日にちをかけずに横断できる。


「右舷方向! ワイバーン!」


 マストの上にある見張り台から、本日の見張り当番が報告した。――障害がほぼない? 前言撤回!


 ゴールデンウィング二世号の甲板で緊張が走ったが、ワイバーンはこちらに近づくことなく消えた。


 問答無用で襲いかかってくるものばかりではないということだ。


 やがて、ゴールデンウィング二世号は、クイント王国の王都セーラに到着した。


「へぇ……」


 円形の大都市である。中央に行くほど建物が高く、一際高いのが王城だろう。その天守閣は、天へと伸びる槍のようでもあった。


「クイント王国へようこそ、ソウヤ殿」


 ジュメッリ伯爵は胸を張った。


「ここが我が王国の誇り、花の都セーラだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る