第572話、レプブリカと交渉


 レプブリカ国とクイント王国。双方、貴族を使者として立てている。


 そして階級的にどちらが上かを論ずると、面倒くさいことこの上ない。そこまで差がないので、二人で決めてくれと振ったら最後、いつまでも決まらない可能性もあった。


 魔王軍との対決に向けて、人類側で協調していかないといけない時に、遺恨を残すようなことになっても困るのである。


 そこでソウヤとジンは、簡単な質問を書いた紙を、それぞれに渡して、その答えで順番を決めることにした。


 その質問内容とはズバリ、『何隻、飛空艇を欲しいのか』。


 ルス・ボラス辺境伯と、ジュメッリ伯爵は互いを牽制しつつ、もちろん紙を見せないようにソウヤに提出した。


 ――ふむふむ、片方は、エンネア王国などに販売した船クラスを10隻。もう片方は、あるだけ欲しい、か。


 これには苦笑である。いくら元勇者でも貴族様を笑うのは失礼極まりないので、自重するが。


「では、ボラス辺境伯、まずあなたからどうぞ」

「はい!」


 ルス・ボラスは声を弾ませ、ジュメッリは苦い顔になった。


「ジュメッリ殿、ご心配なく。貴国の求める船はご用意できるのでご安心を」


 一言言って最低限安心させつつ、ソウヤとジンは、ルス・ボラスを連れて隣室へ。机を挟んで交渉である。


 ソウヤはまず詫びた。


「本当は、モデルをお見せしてから、交渉と行きたかったのですが、そちらのモデルシップは商会の用事で出払っておりまして」


 トルドア船を銀の翼商会も1隻保有しているが、いまはリッチー島との輸送往復任務に使われている。


 代わりに、そのトルドア船の図面とスペック表を、資料としてルス・ボラスにみてもらった。


「現在、こちらのタイプをエンネア王国ほか、購入希望国に販売しています」

「なるほど、我が国のエスターテ級とほぼ同等でしょうか」


 残念ながら、レプブリカ国の飛空艇は存じ上げていないので、ピンとこなかった。ただ図面から、ルス・ボラスがそう判断したのなら、この辺境伯がよほどの畑違いでなければそうなのだろう。


「このタイプを10隻希望ということですが――」

「数が多いですかな?」

「いえ、10隻でしたら問題ありません。こちらで手配できます」

「それはよかった……」


 ホッとしたような顔になるルス・ボラス。ジンがトルドア船10隻の金額を提示する。辺境伯はそれを見やり、ピクリと眉を動かした。


「いやはや、この金額は、とても私の辺境領では購入できませんな。つくづくレプブリカ国の依頼でよかったと思いますよ」

「エンネア王国ほか、購入希望国にはすべて同じ値段をつけています。国を見て、吊り上げたりはしていないのでご安心を」

「そ、そうですか。ハハハ」


 ルス・ボラスは笑った。ソウヤは続ける。


「もし足りないようでしたら、ご予算で購入できる分だけでも用意しますが」

「いえ、ご心配めされるな。この金額ならば、10隻、レプブリカは購入できます」

「それはよかった」


 そこから細かな打ち合わせをする。船10隻を届けた後、船のメンテができる場所はあるかどうか。故障時の部品の購入や輸送。国境あたりで引き渡し、護衛など引き継いでもらえるなら、少しお安くできますよー、など。


「ちなみにですが、レプブリカ国は、いま戦闘できる飛空艇ってどれくらい保有しているのですか?」

「……それは聞いてどうされるのですかな、ソウヤ殿?」


 ルス・ボラスが怪訝そうな顔になる。飛空艇の正確な保有数は国家機密に抵触するかもしれない。警戒されるかも、とはソウヤも思っていた。


「なに、簡単な話です。私のところの銀の翼商会とエンネア王国、ニーウ帝国、リッチー島傭兵同盟の飛空艇を集めて連合艦隊を編成して、魔王軍の大軍港を攻撃する計画を立てているのです」

「ニーウ帝国も、ですか?」


 初耳だろうから、ルス・ボラスの反応も理解できるソウヤである。


「あそこは今、打倒魔王軍に注力していて、今回の計画にも真っ先に名乗りをあげてくださいました」


 ソウヤは、そこで口元を緩める。


「対魔王軍の連合軍ですね。10年前の再現というやつです。もし動かせる軍船があるなら、レプブリカも参加しませんか? 参加していただけるなら、トルドア船をもう2隻、こちらは無償で提供しましょう」

「無償で2隻!」


 ルス・ボラスは驚いた。


「つまり、その作戦に我が国が加われば12隻の飛空艇を手に入れることができる、と」

「そうなります」


 ソウヤはニッコリ笑った。ルス・ボラスは頭をかいた。


「大変魅力的な話ですなぁ。しかし、我が国保有の船を動かすのは、私では決めかねます……。陛下にご相談しませんと」


 ――だろうね。


 船を買えと言われてきた人物に、国軍について権限を持っているとは、さすがに思っていない。


「では、早いほうがいいですから、お国まで我が商会の船でボラス辺境伯殿をお送りしましょう。さらに今後必要になると思いますから――」


 ソウヤは、もうひとつカードを提示した。


「遠くの相手とも会話ができる通信の魔道具を数点、提供致しましょう。使い方についてはのちほど――」


 魔王軍との戦いに人類側で加わってくれるなら、相互やりとりができる通信機も必要になってくるだろう。


 まずはサンプルを無償提供。数が欲しければ、後は買ってもらう。



  ・  ・  ・



 レプブリカの使者との交渉の後、次はジュメッリ伯爵の番だった。

 待たせた分、だいぶカリカリなさっていた。


「――申し訳ありません。何せあるだけ欲しいと言われても、購入できるお金があるのか、買った後、駐機や整備ができる施設があるのかわかりませんから」

「それは――」

「これが1隻当たりの金額です。ご予算に合わせて、船を用意いたしましょう」


 ソウヤはさっさと金額を提示した。何か言いかけたジュメッリは、用紙に目を落とす。お貴族様の文句を聞いても時間の無駄だ。こっちは勇者だったことを盾に、素知らぬ顔を決めさせてもらう。


 ついでに販売予定のトルドア船の図面も開示する。


 ――これが、こうなのだよ、伯爵。


 船を指し、ついで金額を指す。


 ――何隻買えます?

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