第565話、偽物皇帝


 ニーウ帝国帝都パリャードク。


 皇帝の居城であるヴェク城でブロン皇帝はこめかみを押さえていた。


 ――空気が重い。


 皇帝に仕える家臣たちは、じっと玉座に収まっている皇帝を見つめる。彼らは不穏な緊張を強いられていた。


 ここ最近、皇帝の言動が過激になった。


 突然の軍備拡張路線への変更。将来は空軍だ、と飛空艇の整備計画や新たな砦の建造が推進された。


 だが家臣たちは首を捻る。


 飛空艇を整備できる施設や発着場をドンドン作り始めたが、肝心の飛空艇については、特に動きがなかった。現状、発掘でしか満足な形で飛空艇を得られない。しかし発掘を拡大するわけでもなく、かといって独自開発を進めるということもない。これでは施設だけ増えて、主役の飛空艇がない。


 いったい何をしているのか。


 気になるのはそれだけではない。無茶な工期を定めて民を徴集し、工事を進めていることもまた、家臣たちの不安を煽っていた。


 まるで戦争の準備を進めているような気配すら感じた。だが皇帝は具体的にどこと戦争するなどを言わず、古くから仕える家臣をも困惑させた。


 民の不安と不満を煽っている。しかし、皇帝のお考えに口を挟もうものなら、家臣と言えど容赦なく財産を没収し収容所へと送った。


 陛下は変わられてしまった。自分の家族の言葉さえ彼の耳に届かなかった。彼の後継者候補である息子でさえ、異を唱えたからと収容所に送った。


 もはや、誰もが皇帝の行動に口を挟むことができなくなっていた。


 示されない行動の真意。過酷な労働、重税……。帝国はどうなってしまうのか。


 そう危惧していたら、地方貴族らに不穏な噂が流れ出した。


 曰く、帝都の皇帝は魔族の間者であり、本物はパルーチャ監獄に捕まっていた。現在、帝国内にも魔族と入れ替わっている者が複数いる……。


 この噂を真に受けて、地方の貴族が解放軍を名乗り、帝都へと進撃を始めた。そちらには、パルーチャ監獄から救出された『本物』の皇帝もいるという。


 帝都のブロン皇帝は、これを反乱軍と断じて帝国に逆らう者を断固討伐すると宣言した。


 だが帝国貴族たちの反応は鈍かった。噂を信じたのか、帝都への参集に答えない者が続出した。


 流れてきた話では、貴族の中に本当に魔族が入れ替わっていた者がいて、それが民衆の前で明らかになったというものもあった。


 こうなってくると、帝都の皇帝の家臣たちも疑いを持ち始める。


『噂の通り、帝都にいるブロン皇帝は、本物の皇帝ではないのではないか?』


 豹変した態度。最初は些細な変化だったが、本物偽物を言い出したら、思い当たることや腑に落ちることもあった。


 だが、皇帝の周りの者たちは、それを確かめることはしなかった。いや、確かめることができなかったというべきか。


 彼らは恐れていた。本物かどうか探ろうとしただけで、おそらく収容所送りや処刑を言い渡されるのを。


 皇帝を諫められる者は、とっくの昔に行動し処罰された。残っているのは、怪しいと思っても声を上げることができない者たちばかりだったのだ。


 だが、彼らはいよいよ覚悟を決めねばならない時が迫っていた。


 帝都に進撃してくる解放軍との間に戦いが起きてしまっては、もはや引くことはできなくなる。帝都の皇帝と心中か、あるいは解放軍の皇帝を本物と信じて寝返るか。


 彼らを大いに悩ませているのは、どちらが『本物』の皇帝であるか、だ。解放軍側の皇帝が本物であるという確固たる証拠を、帝都の家臣たちは持っていない。


 帝都の皇帝の行動が怪しい、入れ替わりなのでは、と疑ってはいても、噂のほうが偽物で、こちらが本物だった場合、解放軍につくのは反逆に他ならないのだ。



  ・  ・  ・



 ――重苦しい。


 玉座に鎮座するブロン皇帝――その入れ替わりであるクレンツォは、不安を募らせていた。


 魔王軍の大陸侵攻軍の特殊工作員であるクレンツォは、ニーウ帝国の支配者であるブロン皇帝に変装し、なりすましている。


 大陸侵攻作戦における橋頭堡として、ニーウ帝国を利用する。


 魔王が人類への本格侵攻を開始した際、大飛空艇艦隊の補給拠点として活用できるように、飛空艇用施設を各所で作っておく。そのための労働力と資材を人間たちで払う。


 魔王軍は自分の懐を痛めず、人間たちを働かせることで、負担を減らしているのである。


 ――馬鹿な人間たちは、自分たちを苦しめる物と知らず作らされていたわけだ。


 クレンツォはほくそ笑む。これまでは上手くいっていた。


 だが、パルーチャ監獄に本物の皇帝がいることを知った者たちによって、計画は大きく狂った。


 その自称本物の皇帝により、反乱軍が生まれてしまい、大陸侵攻軍が本格的攻勢を開始する前に、事態が動いてしまったのだ。


 ――人間同士が勝手に潰し合うのは、大陸侵攻の前だ。大いに結構! だが、飛空艇設備がひと通り完成した後にしてほしかった!


 これがクレンツォを苛立たせる。


 しかも最近では、なりすましであることが、民の間で噂となり広がっていることが問題だった。


 これが反乱軍の前なら、皇帝の悪口を広めたと弾圧で済んでいた。しかし今では、民に『反乱軍へ参加する』という選択肢ができてしまっていて難しくなっている。


 ――大陸侵攻軍は、どうするつもりなのだ……?


 クレンツォは悩む。秘密ルートを通じて、大陸侵攻軍の指示に従っていたが、ここ最近、定時報告すらなく、大陸侵攻軍司令部との連絡が取れずにいる。


 ――ノーチ将軍にとっても、今回の事態は見過ごせないはずなのに。


 皇帝による大陸侵攻作戦が始まった時、滞りなく進めなくはならない立場にいる大陸侵攻軍である。その司令部がこの状況を静観しているのは異常である。


 ――いったい大陸侵攻軍は何をしているんだ! 


 監獄にいるはずのブロン皇帝が外にいることだって問題なのに。


 クレンツォは、じっと待った。大陸侵攻軍がこの事態に介入してくるのを。皇帝の家臣たちが、いつ自分に牙を剥いてくるか不安を抱えながら。何せここは彼にとって敵地である。


 ……実は、皇帝をパルーチャ監獄から救出した銀の翼商会とリッチー島傭兵同盟が、大陸侵攻軍の秘密拠点を全滅させたことを、クレンツォは知らない。


 頼るべきものが、すでにこの世界に存在していないなどと、魔族工作員は思いもしていなかった。


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