第566話、偽物皇帝、強襲
解放軍はニーウ帝国帝都パリャードクの東側平原に布陣した。対する帝都軍も平原に出て、解放軍を迎え撃つ構えを取った。
兵力は7500対20000となっている。
「まあ、これが本格的に衝突する前に、決着をつけてやるんだがね」
ソウヤは空から両軍を見下ろす。海賊船サフィロ号の甲板である。ミストが口を尖らせた。
「せっかく平原にいるんですもの。ワタシたちドラゴンが仕掛ければ、帝都軍に大打撃を与えられるわよ?」
「下にいるのは魔王軍じゃなくて帝国の民だ」
ソウヤは首を横に振る。
「ここで減らしたら、魔王軍を間接的に助けることになるぞ」
「わかってるわよ」
つーん、とそっぽを向くミストである。ドラゴン的には平原での戦いは、ブレスで一掃できて、さぞ気分がよくなるのだろう。
「正面、巨大雲!」
ポーキー族の見張り員が叫んだ。
「クラウドドラゴンだな」
「風を司る大竜にとって、雲を作るなんて造作もないわ」
現在、帝都上空は曇り空。さらに霧を発生させるサフィロ号は、味方飛空艇団から離れて、皇帝の居城ヴェク城へと接近している。
先ほどまで、チラチラ見えていた地上は、とうとう見えなくなった。
ブリッジにいるサフィロ号船長エイタは振り返る。
「霧を展開。天守閣周りに霧をかけろ」
サフィロ号から、うっすらと霧が拡散を始め、曇天の空から地上へ靄がかかったように広がっていく。
その間、ミストは魔力眼を使って、ヴェク城の中央塔キープ内を覗く。クラウドドラゴンが事前に偽物皇帝の位置を探り、城から出ていないことは確認済みである。
「見えた。皇帝の間にいる」
「ようし。じゃあ、戦いが始まる前までに終わらせるぞ」
ソウヤが見れば、ミストはその姿を白きドラゴンの姿に変える。ブリッジのエイタが口を開く。
「船は天守閣の真上だ。……霧の中だけど大丈夫か?」
視界はほぼ真っ白だ。うっすら影のように見えるが、フラリと飛んだら城の尖塔などを躱しきれずに衝突なんてこともあり得る。
『ワタシは霧竜よ』
ミストドラゴンが念話を飛ばした。
『霧の中はワタシの領分よ』
「左様ですか。……じゃあ、何かあったら通信機で知らせてくれ。待機している」
「おう。そん時は頼むぜ」
ソウヤはミストドラゴンの背に乗った。霧竜は翼を広げ、サフィロ号から飛び降りた。そのまま霧の中を滑空する。
おぼろげに見えるヴェク城。その中央に高くそびえるキープ。霧竜は白いため、一瞬ではその正体を確かめる時間もないだろう。警備している兵たちの目をかすめ、キープにある皇帝の間に通じるバルコニーへ、ふわりとミストドラゴンは舞い降りた。
「お邪魔する!」
ソウヤは声を張り上げた。
真っ赤なカーペットが敷かれた広々とした皇帝の間。高い位置にある玉座に座る偽物皇帝。わずかな数の家臣と白銀の甲冑をまとう近衛騎士がいるのみ。
「侵入――」
「ご無沙汰しております、ブロン皇帝陛下!」
ソウヤの大声が、他の声を掻き消し、その行動を制した。
「勇者ソウヤ、皇帝陛下からの救援の知らせを受けて、参上致しましたっ!!」
救援という言葉をことさら強く強調した。それが効果を発したのか、剣を抜きかけた騎士たちの動きが止まった。
不法侵入とあれば、武器を取って皇帝を守る近衛騎士である。だが、皇帝の呼びかけに応じて救援に来たと聞けば、それは即ち皇帝の味方である。剣を向けるは、主の意思に反することになるのだ。
近衛騎士たちが武器を向けなければ、次は家臣たちである。
「陛下がお呼びになられた……?」
「勇者ソウヤ。魔王を――」
ざわめく家臣たち。勇者の名前を知らない者はこの場にはいない。少なくとも、皇帝の間にいるような人間ならば、魔王討伐勇者が、かつてニーウ帝国を訪れて、皇帝とも会っているのを知っている。
ただし、10年前に魔王と相打ちで死んだ、となっているが。
・ ・ ・
玉座の皇帝は目を見開き、腰を浮かし掛けていた。偽物皇帝――クレンツォは心臓を鷲づかみにされているような痛みを感じた。
勇者ソウヤと聞いて、その名を知らない魔族はいない。先代魔王を滅ぼした憎き仇敵に他ならない。
それだけでも驚きなのに、多くの魔族にとって勇者は魔王と共に滅びた存在だった。それが目の前に現れたとなれば、勇者が地獄から舞い戻ってきたという衝撃を与えるに充分過ぎた。
「お久しぶりにございます、皇帝陛下。つい先日お会いしたぶりですね!」
「う……っ」
クレンツォの思考は、すでにパニックで真っ白だった。
本来なら皇帝のふりをする以上、問われた時にどう返すか大体の想定と受け答えを用意していた。
だが、死んだはずの勇者が現れるなど、完全に想定外だった。10年以上前の存在である勇者と皇帝がどの程度の知り合いなど、微塵も調べなかったし想定もされていなかった。何故なら死人だから。
それが突然現れ、しかもどう対応すべきか頭を巡らせようとした時、『先日お会いした』などと言われれば、困惑はさらに深まったのだ。
クレンツォが入れ替わって以来、ソウヤとは会っていない。そして先日とは、入れ替わりの前ということになるが、もしそれが最近だったなら、家臣たちとも会っている可能性がある。状況が分からないのでは、迂闊に『お前は誰だ?』と白を切ることもできない。
何より『救援に来た』という言葉が、周囲の行動を封じてしまった。それがなければ、問答無用で『侵入者』と叫び、兵たちも動いただろうに。
完全に機先を制され、クレンツォは反撃のチャンスすら逸してしまったのである。
ソウヤがゆっくりと歩み寄る。武器は持っていない。丸腰だ。まるで散歩でもするかのように堂々と歩かれては、皇帝か、あるいは家臣の誰かが咎めない限り、近衛騎士らは動かないだろう。
そして皇帝も、勇者の歩みを止める言葉が浮かばない。
クレンツォ自身は、目の前のソウヤと名乗った人間が本物の勇者かどうか判断がつかなかった。だが『先日会った』という言葉が、それを確認する言葉を封じてしまったのだ。問えば、墓穴を掘ってしまうかもしれないから。
――どうする……? どうすればいいのだ……!?
勇者の一歩一歩が、魔王の歩みのようにクレンツォの体を縛りつけた。そして、魔王――勇者は皇帝を演じるクレンツォの前で止まったのだった。
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