第564話、兵の数では負けているけれど……
帝都の皇帝は、帝都近辺の貴族に声をかけ、ブロン皇帝率いる解放軍を迎え撃つべく軍を招集した。
その数、おおよそ2万。
対する解放軍は5000。4分の1である。
だが、地方の入れ替わり貴族はすでに排除されているため、それらの軍は帝都への参集を拒否。逆に解放軍に参加する可能性があった。
仮に偽皇帝軍が帝都を離れた場合、これら解放軍に参加するだろう軍勢が、留守の帝都を急襲する可能性があった。
故に偽皇帝は、帝都から軍を動かすことができず、解放軍を待ち構える態勢を取った。
銀の翼商会とリッチー島傭兵同盟は、解放軍と共に帝都を目指して移動中である。
「わからないんだけど……」
ソフィアは、隣の席のリアハに言った。ゴールデンウィング二世号、アイテムボックスハウス内の食堂である。
「敵のほうが数が多いんでしょう? 何で解放軍を待っているわけ? 普通に攻めても数で押せるんじゃない?」
「ソウヤさんとジンさんの話を聞いていなかったんですか?」
リアハが片方の眉を吊り上げると、ソフィアは違うのよと首を振った。
「留守中に攻め込まれるかもって言うんでしょ? でも2万いるうちの半分でも、今わかっている解放軍の倍はあるわけじゃん?」
二分すればいい。片方で解放軍を叩き、片方で帝都を守ればいいのではないか。
「ねえ、セイジ。あなたもそう思うでしょ?」
「え……ううーん」
水を向けられたセイジは考え込む。その態度に、ソフィアはムッときた。
「違うの? わかっているなら、言いなさいよ。わたしは気にしないから」
「そう? たぶん、偽皇帝は周りを疑っているんだと思う」
「周り?」
「考えてもみて」
セイジは机の上に、架空の図を引いた。
「偽皇帝は魔族だけど、周りの大半が普通の人間、普通の帝国の人たちだよね? その人たちが真実を知ったら、命がないのは偽皇帝だよ」
「そうね」
「いつ、誰が裏切るかわからないって考えていると思うんだ。今いる2万の中にも、噂を聞いて、今の皇帝は魔族じゃないかって疑っている人がそれなりにいると思う」
「つまり――」
リアハは顎に手を当て考える仕草を取る。
「偽皇帝は誰も信じていない?」
二分したら、その片方がいつ解放軍に取り込まれるかわかったものではない。迂闊に分離して、手駒を失うのは怖い。
「たぶん、解放軍の中に皇帝の姿が見えたら、やっぱりどちらが本物か疑うと思う。偽皇帝が、解放軍のほうが偽物だと強く言うとは思うけど。もし解放軍が、お互いにどちらの皇帝が本物か証明しようなどと言うようなら、偽皇帝は突っぱねるしかない。そして突っぱねるということは――」
「偽物であることを自ら証明してしまう……?」
証明できない、証明したくない。何故なら偽物だとバレるから。
ソフィアの言葉に、リアハは首を横に振る。
「いえ、証明まではいかなくても、かなり疑わしいところまできてしまうと思います」
「でもそうなると、偽皇帝って、ひょっとしてもう詰んでるんじゃ……」
解放軍に怯え、帝都以外の地方貴族すべてが解放軍に同調するかもと怯え、帝都にいる軍すら裏切るかもしれないと怯えている。
「もう逃げるしかなくない?」
「逃げたら、自分が偽物だって証明しちゃってるようなものじゃないかな」
セイジは唸る。
「本物なら、たとえ窮地でもドッシリ構えておくものじゃないかな。だから本物を演じる上でも、戦わずして逃げるなんてできない」
「アナタたち、大事なことを忘れているわよ」
ミストがやってきた。ソフィアは首を傾げる。
「大事なことって何ですか、ミスト師匠?」
「偽皇帝は、魔王軍から送られた工作員なのよ? 大陸侵攻軍の一員として任務を遂行している以上、勝手に持ち場を離れるわけにはいかないわ」
「あ!」
セイジがポンと手を叩いた。
「わかった。どうして偽皇帝が帝都から軍を動かさないのか!」
「どういうこと?」
ソフィアの問いに、セイジは自身の答えを披露した。
「偽皇帝は帝都の自軍ですら信じられない。迂闊に解放軍と戦えば、その時点で自軍が崩壊する危険性すらある。だから、偽皇帝が欲しいのは時間なんだ」
「時間……?」
「大陸侵攻軍が動くのを待っているんだよ。偽皇帝が所属する魔王軍が動くのを!」
この大陸を攻略するために派遣された大陸侵攻軍である。その橋頭堡として、ニーウ帝国を内部から支配しているが、その足掛かりを失うことは、いずれくる大侵攻のためにもあってはならないことだ。
故に、帝国支配を維持するためにも、大陸侵攻軍は、本物の皇帝を擁する解放軍を叩き潰さねばならない。本物だろうが、それを証明する間もなく排除されれば、偽皇帝が本当の皇帝としてニーウ帝国を統治できるのだ。利用できるだけ利用して、搾れるだけ搾って、帝国臣民を食い潰すまで。
「でも、セイジ。魔王軍の大陸侵攻軍は、わたしたち銀の翼商会とリッチー島傭兵同盟が叩き潰してもう存在しないわよ?」
ソフィアは指摘した。セイジにニコリとした。
「そう。もう大陸侵攻軍は全滅した。どれだけ待ってもやってこない。だけど、偽皇帝はそれを知らない」
まさか秘密拠点を襲われて滅ぼされたなど、想像だにしていないのではないか。
ミストが口を開いた。
「まあ、そろそろ偽物も、大陸侵攻軍に何かあったかも、と疑い出している頃かもしれないわね。おそらく、帝国の統治状況に関して、やりとりはしていただろうから」
だが、ここ最近その報告が滞っているのではないか。
「でも、連絡が取れないことを不審に思いつつも、まさか秘密拠点が全滅したなんて考えは及ばないと思うわ。ワタシたちは破壊したけど、通常の軍勢が、帝国領内を移動して攻め滅ぼすなんて不可能だから」
侵入があれば、国境領主である地方の伯爵軍が、帝都への通報と迎撃を行うはず。しかし帝都にその報せはない。
「だから、偽物にしても、大陸侵攻軍がどうなったか分かるまでは現状維持を選択するはずよ。時間を稼ぐためにも、帝都にこもらざるを得ない」
つまり、とリアハが口元に微笑を浮かべた。
「偽皇帝は、やってこない援軍をひたすら待ち続けて、逃げる時間を失っていくわけですね」
「でも、いざとなったら、逃げちゃうんじゃない?」
ソフィアが言えば、ミストがニヤリとした。
「そこをワタシたちが、偽物の身柄を押さえるのよ。逃がしはしないわ」
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