第563話、特殊部隊と噂の流布


「……へえ。特殊部隊ってこんな感じなのかな」


 ソウヤは、カマルの報告書を見てニヤニヤしていた。


 グラーズ伯爵邸襲撃作戦の詳細を見て、ソウヤは商会メンバーのそれぞれの動きに感動する。


 随分と近代的特殊部隊っぽい連携と行動だと思った。


 ドラゴンであるヴィテスの魔力眼が、建物内部と目標の発見に活躍し、カエデのシェイプシフターが潜入口を破壊せず、潜入チームを室内に招き入れたり、鍵を開けたりする。


 目標を確保する前に通報なりで騒ぎになった場合に備えて、人数を通路や階段に配置したり、警備兵を瞬時に無力化させた人選などなど。


 ――セイジが、無音魔法ね……。


 ガルたちカリュプスメンバーとの付き合いが長いせいか、戦闘技術がかなり磨かれたが、魔法についても、ジンから教わったのをきちんと活かしているようだった。


 彼の純粋な魔力量は、ソフィアという化け物を除いても標準的魔術師よりは低い。それを魔法カードで補っているが、回数の補助であり、使えるものについて、魔術師たちとまったく遜色はなかった。


 カマルは口を開いた。


「個々の能力とその組み合わせが非常に効果的だった。特に通信機の活用は、チームの連携において必要不可欠だと確信した」

「諜報員のお前が言うんだ。そうなんだろう」


 通信機の利用に関しては、元の世界で多いに便利だったことをソウヤは知っている。ソウヤとしては話を合わせただけだが、カマルは続けた。


「これまでエンネアの工作員は、少人数で活動し、個々の能力頼りだった。監視したり情報を探るだけなら、それでもよかったが、今回のような要人襲撃や、あるいは破壊工作などは限界があった」

「監視だって、ひとりだと無理があるぜ?」

「監視任務は、2人か3人でやっている」


 カマルが訂正した。そうですか、とソウヤは報告書に視線を落とす。


 今回のグラーズ伯爵をはじめ、入れ替わり貴族は、カリュプスメンバーやリッチー島傭兵同盟のチームが確保し、真実を領民たちの前で白日の下にさらした。


 入れ替わられた貴族たちも、偽物を排除し元の地位に戻ることができた。ブロン皇帝の味方は増え、偽物皇帝の手駒は減っている。


 ソウヤは頷いた。


「これで残すは帝都か」

「ああ、皇帝になりすましている奴を捕まえれば、今回の帝国乗っ取りにケリをつけることができるだろう」


 カマルは、ソウヤの手元を見た。


「それで、この報告書に何か問題はあったか?」

「いいや。諜報部門の改革――特殊部隊創設は割といいんじゃないか?」

「いいのか?」


 カマルはわずかに眉をひそめた。自分で書いたのに、何を気にしているというのか。 


「俺の世界じゃ、だいたいの国がそういう精鋭特殊部隊ってのを持ってる」

「ソウヤのいた世界では、これが普通なのか?」

「魔法はないが、よく訓練された隊員と最新鋭の装備で、これに似たようなことはできるだろう」


 たぶん、長距離からの狙撃とか、赤外線などを利用した索敵機器やら、より優れた装備と技量を持っていると思う。


 もっとも、ソウヤとて、これらの特殊部隊を本やネットの情報程度しか知らないから、本物がどういうものかまったく語れないのだが。


「魔王軍の戦いでも、こういう特殊部隊の活躍できる場所はあると思うぜ」


 捕虜の奪回、敵幹部の誘拐や暗殺――この手の特殊部隊ができたとして、その矛先が自分に向くようなことだけは御免だと思うソウヤである。


 ――10年前、俺の命を狙っていたヤツらがいたっていうし。もし当時に、そういう特殊部隊があったら、オレもあのまま死んでいたかもしれない。


 もっとも、暗殺の手法など、現時点でも掃いて捨てるほどあるのだから、今さらその方法がひとつ二つ増えたところで、不安がってもしょうがない。特殊部隊があろうがなかろうが、殺そうと思うヤツは手段を選ばないのだ。



  ・  ・  ・



 ニーウ帝国内に、不穏な噂が流れていた。


 曰く、今の帝都にいる皇帝は、魔族の偽物である。他にも最近、重税を課すようになった領主も魔族が入れ替わったものであり、帝国を支配しようとしている、というものだ。


 もちろん、これには、ジン率いるクレイマン王の軍勢――リッチー島傭兵同盟の諜報員が現地住民らに吹聴したものである。


「人間とは、原因を求める。理不尽に怒りを覚え、そこに理由が与えられれば一気に怒りは燃え上がる」


 ジンは、そのように言った。


「人は自らの正当性を重視する。自分が間違っていると認めたがらない生き物だ。そこに正しいことを吹き込めば、そういうものだと皆が納得する」


 ゴールデンウィング二世号率いる銀の翼商会船団とリッチー島傭兵同盟艦隊は、ブロン皇帝率いる帝国解放軍と共に帝都へと進軍していた。


「真の皇帝が、なりすましている偽の皇帝を討つべく帝都へ進軍している、と――。この情報を帝国の至る所で流布した」

「前も言っていたけど、手のこんだことをするんだな、爺さん」


 ソウヤが素直な感想を言えば、老魔術師は肩をすくめた。


「言っただろう? 怒りには理由がいる。何故そうなったのか知りたいものだ。ここ最近の悪政の理由を、人々は知りたがっている。この皇帝は正しいのか?」

「やったのは、入れ替わった魔族だろ?」

「そう。それを帝国臣民が知る必要があるのだ」


 ジンは顎髭を撫でた。


「ただ入れ替わった魔族だけを捕まえ排除し、何食わぬ顔で皇帝が元の椅子に座るのが、方法としては一番簡単ではある。だが、それでは民の不安は解消されない」


 何故、皇帝は悪政を行ったのか? それが魔族の仕業だと噂はあるが、果たして本当なのか? ただ悪政の言い訳で、ありもしない魔族に乗っ取られたなどと言っているだけではないのか?


「帝都民の前で、偽物の化けの皮をはがすというのは、そういうことか?」

「人間、目にしたことは信じるものだからね」


 老魔術師は意地の悪い顔になった。


「帝都の民以外には、結局は噂でしかないが、帝都で真実を目にした者が多ければ多いほど、真実として伝わる率も上がる。真実を知っている人間は多いほどよいのだ」

「本当のことではあるが、今回の悪いことは全部魔王軍のせいにできてしまうわけだ」


 ソウヤは苦笑した。魔王軍がやってないことも、魔王軍のせいにして、捨てることができる。ジンは頷いた。


「さらに惨事の原因を魔王軍にすることで、近い将来起こりうる魔王軍との戦いで、帝国臣民の士気はまとまるだろうね。民も率先して戦うだろう。……あの悪政が再びやってくるなんて、考えたくないからね」


 外部に敵を作れ――それが民を上手くまとめる方法である。



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