第562話、諜報員の報告書


 アイテムボックスハウス内居住区。


 カマルは自分の部屋にいた。彼が使っている建物には、元勇者パーティー組が住んでいるが、基本的にやってくる者はいない。……呼ばない限りは。


「カマル、いるか?」

「ソウヤ」


 机から顔を上げて、カマルは来訪者であるソウヤに頷いた。


「悪いな、来てもらって」

「アルガンテ陛下への報告書だろ? いいよ。確認するのもオレの仕事だから」


 いわゆる検閲作業である。


「相変わらず殺風景な部屋だなぁ」

「間借りしている人間が物を貯めこむと、離れる時が大変になる」

「確かに。引っ越しする時、荷造りが面倒だもんな」


 ソウヤが簡易椅子に座る。


 カマルの部屋は机と、自分用の椅子、来客用の椅子、ベッドと、荷物箱――ソウヤにもらったアイテムボックスしかない。個人を特定できるものが、荷物箱の中身しかないという軽装ぶりである。


 諜報員は任地では、すぐに移動、撤収が可能なように、持っているものは少数になる。基本は持ち運べるもので、しかも諜報活動が発覚したら即逃げられるようにするのだ。運べないものについても、調べられても情報になるものはない。


「それで、今回の報告書は?」

「むろん、ニーウ帝国奪回作戦について、だ」


 カマルは、自分が書いたレポートをソウヤに差し出した。ソウヤは受け取ると、来客用の椅子に座り込んだ。


「――ブロン皇帝とウシーリア伯爵の会談は成功に終わった」

「声に出さなくていい」


 カマルは組んだ手の上に顎を置いた。ソウヤは報告書に目を通す。


「……あれからもう10日か」


 ソウヤたち銀の翼商会は、ブロン皇帝をウシーリア伯爵に引き合わせた。その会談で、皇帝は、帝国に巣くう魔王軍の工作員の存在を告げ、解放に協力するよう、ウシーリア伯爵に告げた。伯爵はすぐさま皇帝の陣営に加わり、その中核戦力となった。


 それから、皇帝とその一派は、銀の翼商会とリッチー島傭兵同盟の協力で帝国内の味方を増やし、入れ替わっている魔王軍の工作員へ反撃を展開した。


 銀の翼商会からはカリュプスメンバー、リッチー島傭兵同盟の特殊工作兵が、入れ替わり貴族の拠点に潜入し、身柄を捕縛。その後、ブロン皇帝と彼に従う部隊と共に『本物』を連れて拠点に乗り込み、捕縛した偽物を皆の前で、その正体を露見させた。


「カリュプスはさすがだよ」


 カマルは、その点の賞賛は惜しまない。


「王国を影から支えた暗殺組織だけのことはある」

「間違いない」


 ソウヤはニヤリとしたが、報告書から目を離さない。


「……こっちは、割と詳しく書いてあるな」

「実際に私も同行したからね」


 カマルは微笑した。


「工作員としては、とても参考になったよ」


 グラーズ伯爵邸侵入――入れ替わり貴族の屋敷へ忍び込んだ作戦。ソウヤはその場にいなかったが、カリュプスメンバーの他、カマルが同行したのだ。



  ・  ・  ・



 深夜だった。月明かりが乏しく、暗かった。


 カリュプスメンバーであるオダシューに率いられたチームが、浮遊ボートでグラーズ伯爵邸の真上に滑り込んだ。


 同行したカマルは、まずその浮遊ボートの運用に興味を持った。


 銀の翼商会が浮遊ボードは風力を発生させる魔道具式エンジンを載せていたが、これは夜ともなると結構周囲に音が聞こえてしまう。


 そこで潜入チームはボートの風力エンジンを使わず、オールのような風力発生魔道具を団扇のように扇いで、目標の屋敷へと近づいた。


 海や池でオールを漕ぐが如く、低速なのがネックなのだが、ほぼ無音で風を起こせるのが、こうした潜入任務には打ってつけだった。


 2艘のボートには、カリュプスメンバー――オダシュー、ガル、アフマル、アズマ、ハノ、グリード、トゥリパのほか、カマル以外に、セイジ、カエデ、ティス、ヴィテスが乗っていた。


 それぞれがジン爺さんの製作した小型通信機を持ち、離れていてもやりとりができるようになっていた。


 ボートを屋上に停めて、まずカエデが使い魔――シェイプシフターを放った。小さなネズミサイズのそれが複数、ボートを飛び降りて、屋敷へと散っていく。


 その間、ヴィテスがドラゴンの魔力眼を用いて屋敷内を捜索。グラーズ伯爵の偽者を探した。


 本物の伯爵から、大まかな屋敷の配置は聞き出していたし、本物がいるので、同じ顔の人間を探せばいい。


『いた。三階の私室で休んでいる。部屋は目標ひとり』


 少女の姿をしたドラゴン娘は、大人顔負けの冷静な声を通信機に乗せた。続いて、カエデの声が通信機に響いた。


『シェイプシフター、配置に就きました』

『よし、行くぞ』


 リーダーのオダシューの合図により、グリードとヴィテスをボートに残して、屋敷の三角屋根へ降りる。


 そして侵入口であるベランダへ着地。室内に入るドアには中から鍵がかかっているが――


 先導するガルが取っ手を捻ると、ドアが開いた。先に隙間から侵入したシェイプシフターが、鍵を開けたのだ。


 内装は頭に叩き込んでいる。通路の端や階段に、カリュプスメンバーが潜む中、捕縛チームは目的の伯爵の部屋へと音を立てずに進む。


『見張りに注意』


 ヴィテスの魔力眼によるナビゲート。伯爵の部屋の前には警備兵が二人立っていた。


『カエデ』


 オダシューが合図すると、カエデはシェイプシフターを操作。警備兵たちが、突然の物音に向こうを向いた瞬間、ガルとハノが飛び出し、振り返った警備兵を速攻で打ち倒した。


『制圧』


 ハノの報告を受けて、オダシューたちは伯爵の部屋の前に移動する。


『セイジ、無音魔法』


 周囲の空気の層を操作して、音を遮断する魔法をセイジが扉の前に掛ける。オダシューは『ティス』と、魔法格闘士の少女に扉を指し示すと、カエデに『開けろ』と言った。


 カエデのシェイプシフターが鍵の有無を確認した後、彼女はさっと扉を開く。その瞬間、待機していたティスが一気に部屋に踏み込み、ベッドで横になっていたグラーズ伯爵――その偽者に瞬きの間に飛び乗ると、目覚めた彼を一撃で昏倒させた。


『倒した』


 ティスの報告は実に簡潔である。工作員ではないが、元々喋りが少ない少女だからか、専門の人間に見える不思議。


 オダシューが気絶している伯爵の偽者を拘束して、第一段階終了。同行していたカマルは、仲間たちの鮮やかな手並みに感じ入るしかなかった。


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