第561話、勇者は政治に関わりたくない
ニーウ帝国ウシーリア伯爵領は、隣国に面している。帝国外縁の守りであり、帝国の内よりも外敵の侵入に神経を尖らせている。
「リェーヴ・ウシーリア伯爵は、帝都の政治への関心が薄い貴族という印象だ」
ブロン皇帝や帝国貴族たちに言わせればそうらしい。
「それゆえ魔族も、入れ替わりの候補にいれなかったのやもしれぬ」
監獄内で、ウシーリア伯爵を見かけたという話もなく、捕虜時代に魔族が話していた情報を検討した結果、彼は白だと判断された。
伯爵の居城であるノーガチ城に到達した銀の翼商会とリッチー島傭兵同盟は、ただちにウシーリア伯爵との接触を試みた。
とはいったものの――
「交渉は上手くいくんだろうか……」
ソウヤは、ゴールデンウィング二世号のブリッジにいて、ノーガチ城を見下ろす。
城壁は三重と、かなりの規模である。城は城でも要塞と呼ぶにふさわしい、戦闘を重視した造りになっている。
現在、城の守備隊が完全武装で警戒しており、交渉目的でなければ、いつ戦闘が始まってもおかしくない緊張状態にあった。
操舵輪を握るライヤーは首を傾けた。
「やっぱ正面から来るべきだったかね。おれら後ろから近づく格好だろ?」
「飛空艇で近づいたんだから、方向は関係ないと思うぜ」
国境は東側。故に東側からの侵攻に備える形で城は形成されている。
「帝国への侵入者を阻むのが仕事なのに、帝国ではない飛空艇が複数入ってきていたとなれば、どんなに寛容な人間だって苛立っているだろうな」
「やっぱ、一度、帝国領空を出て正面から来たほうがよかったってことか?」
「だから変わんないって。東から来る者を警戒するのが仕事なんだからさ」
「じゃあ、どうすればいいってんだ?」
「お前さんは、どうもしなくてもいいさ。操舵輪を握って、いざって時は船を守ればな」
ソウヤは肩を回す。じっと待っているとどうも体を動かしたくなる性分だ。
「交渉は、帝国の貴族さんがやってくれている。オレらは成り行きを見守るだけだ」
眼下の城では、パルーチャ監獄から救出した帝国要人がまず使者として、ウシーリア伯爵と会談をしている。
難航したら、ブロン皇帝が直接赴き、場合によっては説得を試みるという段取りではあるが、どのみち、ソウヤたち銀の翼商会に出番はなかった。
「何もないのが一番だがな」
この帝国解放に向けての動きは、あくまで帝国人のやることであり、ソウヤたちはそのサポートなのである。
「いざ何かあった時の用心棒だもんな」
ライヤーは頷いた。
「用心棒か……」
冒険者の仕事っぽいな、とソウヤは思った。傭兵っぽくもあるが、両者の仕事内容は、荒事に関してはかなり被っている。
だが両者の違いで言えば、冒険者は主にモンスター関係、傭兵は人間や亜人との戦争に積極的に関わることか。
「おや……」
通信機が鳴ったので、ライヤーがマイクのスイッチを入れた。
「こちらブリッジ」
『見張り台です。ノーガチ城の尖塔より合図を確認! 赤です』
ゴールデンウィング号のマストの上にある見張りが報告した。ウシーリア伯爵との会談の状況や結果によって、空に待機している飛空艇団に合図が送られる算段になっている。
「赤ってことは――」
「『皇帝陛下の入城を乞う』だな」
ソウヤは相好を崩す。会談は上手くいっているようだった。赤は『皇帝陛下が城に来て大丈夫』の色。黄色は『交渉難航中、まだ時間がかかりそう』、黒は『交渉決裂』ないし『敵』の知らせである。
ソウヤはブリッジを移動し、甲板でじっと待っていたカーシュを見下ろした。
「カーシュ、皇帝陛下をお呼びしろ」
「わかった」
元聖騎士が頷くと、ライヤーは通信機に呼びかけた。
「オダシュー。皇帝陛下が城に下りられるぞ。ボート準備、よろしく!」
『了解』
船内で待っているブロン皇帝にご足労を願う。カーシュが呼びにいっている間、ブリッジにひょっこりミストが顔を覗かせた。
「ソウヤは行くの?」
「オレか? 陛下に頼まれない限り、行かないよ」
「興味ない?」
「いや、一応、オレはここでは勇者という立場で来ているからな」
ソウヤは視線をノーガチ城へと向けた。
「勇者ってのは、魔王とその手下どもと戦うのが仕事で、本来、人間同士の争いや政治への干渉ってのは極力避けるってのが慣例なんだよ」
皇帝陛下が帝国を取り戻すというのは、内政干渉である。どこかの国に肩入れして、別の国と戦うというのは、勇者の役割ではないのだ。
「がっつり干渉していない?」
「相手が魔王軍だからな」
ソウヤは、肩をすくめる。
「魔王軍から帝国を取り戻すのを手伝うのは、勇者の仕事の範疇だよ。だけど、ノーガチ城のいる伯爵は魔族じゃないからな。皇帝と臣下の話し合いに口出しするのは、勇者の役割じゃない」
「ふうん。でも――」
ミストがソウヤに抱きついた。
「結果的に魔族と戦うための交渉なんだから、あなたが皇帝と一緒に交渉の場に行って問題ないんじゃない?」
「そう。だから『皇帝陛下に頼まれない限り、行かない』って言ったの」
まったく関わってはいけないということではない。ミストの言うとおり、今回は裏に魔王軍がいるので、帝国の内政に口出しもある程度は許容される。
「行っても、オレには政治の話は難し過ぎる」
必要なら置物にでもなるが、言われてもいないのに顔を出すほど出しゃばりではない。
甲板にブロン皇帝とそのお供たちが現れた。彼はブリッジのソウヤに気づくと頷いた。
「では、勇者殿。行って参る」
「ご成功をお祈りしています!」
高いところから陛下を見下ろしている格好だったので、とっさにどうすればいいかわからなくなったソウヤだが、ブロン皇帝はオダシューらが待機している浮遊ボートへと乗り込む。
やがて、浮遊ボートがゴールデンウィング二世号を離れて、ノーガチ城へと下りていった。
なお、リッチー島傭兵同盟の浮遊ボートが護衛として、皇帝陛下の乗るボートをエスコートしている。
ソウヤたちは、皇帝とウシーリア伯爵の会談が上手くいくのをじっと船で待った。
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