第560話、帝国を取り戻すために
ニーウ帝国を、魔族の支配から解放する。
こう言うと国ひとつを相手にしているようだが、実のところ、真に敵なのは、ほんの一握りの数に過ぎない。
もし一カ所に集めてくれるなら、銀の翼商会、いやソウヤだけでもおそらく全滅させられるのではないか。
厄介なのは、その敵が帝国の指導者の位置にいるということだ。その下にいる圧倒的多数の騎士や兵士は、普通の人間であり、指導者さえ正常なら敵にすらならない者たちだった。
まず、救出した要人たちと皇帝が話し合い、味方探しを行った。パルーチャ監獄に収監されなかった者の中で、ここ最近態度や行動に変化がなかった者や、何かしら噂がなかった者について、それぞれが思い出せる範囲で話し合った。
その結果――
「まずは、ウシーリア伯爵を訪ねようと思う」
ブロン皇帝が目的地を示したので、さっそく銀の翼商会の飛空艇群は、帝国東部のウシーリア伯爵領へ飛ぶことになった。
皇帝はゴールデンウィング二世号に数名の護衛と乗り、他の要人たちは他の飛空艇に分かれる。
元からゴールデンウィング号に乗っていた銀の翼商会の面々は、飛空艇での当直を除いて、アイテムボックスハウスのほうへ移動していた。
「さすがボスだ」
オダシューは、武器の手入れをしながら頷いた。
「勇者ともなると、お偉いさんと会う機会も多いんだろうな。皇帝陛下だぞ、おれなんて、とても前に立てないぜ」
「本当ですよね」
セイジは同意した。
「雲の上の存在ですよね。故郷にいたら絶対に、王族とか皇帝陛下なんてお目にかかる機会なかった……」
それが銀の翼商会に入ってから、その姿を遠目とはいえ見ることが度々あった。自分が住んでいたエンネア王国の国王ですらその目で見る日が来るなど、その時が来るまで信じられなかっただろう。
オダシューとセイジが苦笑していると、グリードがやってきた。
「そうは言うけど、ここじゃ王族も珍しくないだろ?」
不良じみた顔ながら、物腰が柔らかいグリードである。首を傾げるセイジに言った。
「ほら、聖女のレーラ様に、妹姫のリアハ様」
「あー」
そういえば、ふたりともグレースランド王国の王族である。
「それにあのジン様もクレイマン王だ」
「……」
「王族ではないが、ソフィアも貴族令嬢だ」
そう言われて、気まずい顔をするセイジである。自分の恋人のことだろうに、貴族と言われるとまだ抵抗があるようだった。
「あと、本当かわからんが、ナダのヤツがどうも偉い人の息子らしいぞ」
「そうなんですか?」
エンネア王国の魔法大会以後に、銀の翼商会に参加した戦士系の男の名前が出てきた。一度は採用面接で落ちたが、その後の追試でミストらドラゴンたちの威圧に屈することなく残ったということで晴れて採用された。
「僕、ナダさんのことよく知らないんですよ」
東方の国の出身らしく、刀という片刃の剣を使う剣士である。
「何か、将軍様の血筋らしいぞ。八男だから、たぶん自分に家督は来ないだろうからと、修行の旅に出たって聞いた」
「ショウグン様?」
オダシューが口元を緩めた。
「あいつも高貴な血か。……お前はどう思う、ガル?」
「さあな」
黙々と防具を磨いていたガルは、興味がなさげだった。いや、おそらく興味がないのだと、セイジは思った。謎といえば、ガルもまた謎の人だった。
「……なんだ、セイジ?」
「いや……何でもない」
見ていたのがいけなかったのか、ガルに突っ込まれてセイジは肩をすくめた。
気にはなる。技を教えてもらい、それなりに親交はあると思うが、プライベートな面はなかなか、いやまったく聞けずにいたりする。
では、他のカリュプスメンバーは知っているのかと聞いてみたが、これまた皆知らないというのだから徹底している。
知っていて、黙っているもしくは隠していると疑ったこともあるが、オダシューが日常の中に、時々思い出したようなさりげなさでガルの過去やら生い立ちを引き出そうとするのを見ているから、本当に知らないのだろうと思う。
・ ・ ・
「まーた暗い顔をしているわよ、リアハ」
ソフィアは友人の頭を軽く小突いた。痛っ、と反応するリアハ。
「今度は何? ……あー、考え事って答えはなしよ。それはわかってるから」
グレースランド王国では、民から深く信頼される騎士姫であるリアハではあるが、こと銀の翼商会にいる間の彼女は、そんな周囲の評価と異なり、ずいぶんと繊細な顔を見せる。
人前で見せるお姫様の顔ではなく、本音を見せているのだと思えば悪い気はしないが、心配にはなるのである。
「魔族がこの帝国で仕掛けていた……入れ替わりという戦略について」
お堅い――とことん真面目なのだ、このリアハという娘は。
「それがもしグレースランドで起きていたら、と思ったら」
父や母が知らないうちに魔族と入れ替わっていたら。
「それは怖いわね……」
言われて、ソフィアもまた唸ってしまう。自分の家族が、いつの間にか別人となっている。しかも本物のほうは、すでにこの世から消えていたとしたら?
「考えたくないけど、考えれば考えるほど、震えがくるわね」
ソフィアが頷くと、リアハは顔を上げた。
「もし魔王軍が、各国の指導者をそっくり入れ替えたら……。人類は、ここニーウ帝国のように知らないうちに、敵に支配されている。これって、怖くない?」
「怖いわよ!」
ソフィアは大声を出した。これは夢に見そう。
人々が気づかないうちに魔族に支配された国。人間は次第に生活が困窮し、搾取され、切り捨てられていく。気づいた時にはおそらく手遅れになっている。現実になってほしくない悪夢だ。
「……魔王軍が入れ替わりができるなら、もしかしてニーウ帝国以外にも?」
「それはわかりません」
リアハは物憂げな視線を向けた。
「もしかしたら、ニーウ帝国はその実験段階で、これから他の国でもやっていくつもりなのかも……」
「冗談じゃないわ。冗談じゃない……」
ソフィアは表情を曇らせた。
やがてゴールデンウィング二世号は、東部ウシーリア伯爵領へ到着した。
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