第559話、皇帝奪回とくれば、次は――


 ブロン皇帝から聞いた話は、悲惨なものであり、同情と共に魔族への怒りを募らせるのに充分だった。


 帝都に居ながら、魔族の諜報員によって連れ去られた彼は、ほどなくしてパルーチャ監獄へと収監された。


 本来、犯罪者を繋ぎ留めるはずのそこは、魔王軍の潜入工作員たちの支配下にあった。


 そこでは収監された人間を使った余興と称される残虐行為が、繰り返されていた。帝国の要人が何人か、入れ替えられ、皇帝と同様、監獄へと入れられたが、中には、その余興に用いられて殺された者もいた。


 魔物の餌。解体と称した処刑。収監者同士での殺し合い……などなど。


「余の入れ替わりが相当な悪行を行ったのだろう。異変に気づいた息子たちが行動を起こそうとしたが、逆に囚われてしまった……」


 そう語った時のブロン皇帝の表情は、悲痛そのものだった。


 皇帝は、長男が見世物として処刑されるさまを目撃し、娘のひとりを目の前で暴行され、息絶えるのを見せつけられた。


 血の気の引いた顔色。しかしその目は、ギラギラと憎悪の光に満ちていた。体は老いても、その目はいまだ若者に負けないほどの生の光を放っていた。


 ソウヤが対魔王軍に向けての人類国家群への協力について切り出したら、ブロン皇帝は即時協力を約束した。


「息子たちの無念を晴らさずに余も死ねん。魔族どもを滅ぼすためならば、10年前と同様、いやそれ以上の協力と団結を惜しまない」


 だが、その前にやらねばならないことがある。


「まずは帝国を、魔族から取り戻さなくてはいけません」


 ジンが、そうブロン皇帝に告げた。


 現在、ニーウ帝国は、入れ替わった魔族が皇帝となり、支配されている。そうと知らない帝国民は、魔族のための理不尽な労働に従事させられていた。


「しかし、余の手駒はおらん」


 監獄に収監されていた者たちの中にいた要人数名のほか、反逆の咎で捕まった帝国騎士や兵たちを集めても100に満たない。


 ジンは言った。


「ですが、陛下。この国にいる魔王軍の手の者は多くありません」


 秘密拠点は、ソウヤとリッチー島傭兵同盟が叩いた。監獄の魔族兵を排除した結果、残っているのは、十数人程度の入れ替わった工作員のみである。


「つまり、彼らを押さえてしまえば、残りは帝国臣民、陛下の民です」

「まず、ここに収容された要人は、その入れ替わりが間違いなくいる」


 ソウヤは考える。


「そいつらを逮捕して、皆の前で化けの皮を剥いでやれば、これまでの悪政の真実が明るみに出て、民の信用を取り戻せると思う」

「敵が魔族であると、民にわからせる必要がある」


 ジンは、ブロン皇帝を見た。


「陛下に成りすましている魔族も生け捕りにし、帝都住民が見ている前で、その正体を暴く。……さすれば、ここ最近の治世の乱れの原因を民は理解するでしょう」

「むぅ、即刻、首を刎ねてやりたいが……」


 ブロン皇帝は恨めしそうな顔になる。入れ替わっている魔族への復讐心は、人一倍強いのだろう。家族の仇の原因でもある相手だから無理もない。


「民の前で、その正体を晒した後ならば陛下のお好きなように……」


 ジンは恭しく言った。斬首しようが、おぞましい処刑をしようが、ブロン皇帝の好きなようにすればよい。


 現状、民は最近の悪政を皇帝のものと見ているから、それは冤罪であると晴らしてからでなければ、せっかく帝位を取り戻しても、逆恨みした民によって反乱を起こされかねない。


「具体的にはどうするべきだろう?」

「陛下が帝国を取り戻すまで、我がリッチー島傭兵同盟が足となりましょう」


 ジンが、傭兵同盟の代表のような口ぶりで言った。――実質、傭兵とは仮の姿。彼の軍隊であるのだが。


「まず、陛下のお味方である貴族のもとを訪れ、兵を集めます。これについてはある程度で結構。飛空艇で輸送できる分であればいいでしょう」


 次に、入れ替わりがわかっている貴族のもとへ電撃的に訪れ、その身柄を確保。民の見ている前で、魔族が入れ替わっていた事実を明らかにする。


 それをいくつかやれば、地方の帝国民にも、現在の状況が魔族によって行われたことだと伝わっていくだろう。噂は広がり、ブロン皇帝が帝国を取り戻した時に追い風となる。


「そして皇帝陛下は軍を引き連れて、帝都に凱旋します。おそらく皇帝に成りすましている魔族は、これを迎え撃とうとするでしょうが、帝都にも魔族の成りすましの件が伝われば、陛下に忠義を誓う者たちも今の皇帝に疑いを持つでしょう」


 あわよくば、そこで周りの重臣なり騎士らが、偽者の正体を暴いてくれれば楽なのだが、そうはならない確率のほうが高い。


 皇帝か?――と疑わしくても、証拠がなければわざわざ危険を冒して取り押さえたりはしないだろう。本物かもしれないと思っている間は動けない。


「帝都の軍とぶつかるのか……」


 憂いを見せるブロン皇帝。ほんのわずかな魔族を除けば、自分の国の民なのだ。民同士がぶつかるなど、見たくないだろう。


「そうなる前に、偽者の身柄を確保します。ひとたび捕らえてしまえば、陛下の勝ちです。帝都の軍や民の前で、その正体を明かせばいいわけですから」

「なるほど。むしろ皆の前となるなら、軍が出てきたほうがよいまであるか」

「ただし、衝突してしまっては意味がありませんから、少人数の特殊部隊を送り、陛下の偽者を捕獲するのが最善かと」


 老魔術師は静かに告げた。その確信に満ちた彼の発言は、一切の迷いがなかった。まるでその情景が見えているのではないかと、ソウヤは感じる。


 ソウヤでさえそうなのだから、ジンのことを知らないブロン皇帝は、これまた不安を感じていないように頷いた。


「それは可能か?」

「現状可能です、陛下。もっとも我々は傭兵ですから、それなりに報酬はいただきますが」

「うむ、見事、奴らから帝国を取り戻した暁には、褒美を約束しよう」

「ありがたき幸せ」


 ジンはブロン皇帝に首肯した後、ちら、とソウヤを一瞥して目配せをした。


 帝国を取り戻す手伝いを上手くやり遂げれば、大いに貸しを作れる。元々、人道的な考えからブロン皇帝を救出したが、国を取り戻す手伝いも果たせば、今後の魔王軍との戦いでも、人類国家群の足並みを揃える一助になるだろう。それだけ、この貸しは大きい。


 さらに言えば、ジンの立てた戦略は、リッチー島傭兵同盟はもちろん、銀の翼商会の活動もまた不可欠となるだろう。


 魔王軍との戦いに必要な物資調達や輸送、そして飛空艇を使った移動など、皇帝陛下に商会としてのアピールにも繋がるに違いない。


 情けは人の為ならず、である。

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