第553話、強襲、センペル号


 飛空艇センペル号に衝撃が走った。艦長室で寝ていたコマンダー・カラガンは飛び起きる。


 今の揺れは何か?


 尋常なものではない。船が衝突したような振動だったが――


『敵襲ーっ! 敵襲ーっ!!』


 外から聞こえてきた声に、カラガンはすかさず武器をとった。


 秘密拠点が破壊されてから、生き残りたちの上級指揮官として処理をし、ようやく眠れると思った矢先だった。


「それにしても、敵とはいったい何者だ……?」


 大陸侵攻軍の拠点を襲撃した組織だろうか。その正体は不明だったが、それがセンペル号を襲ってきたのか。


 外に飛び出す。


 甲板ではすでに敵兵が乗り込んでおり、戦闘となっていた。しかしそれよりも――


「なんだ、この霧は!?」


 船の周りが真っ白であり、僚艦の姿も見えない。下手に動けば、衝突してもおかしくないほどの濃霧である。


 これでは味方の援護も救援も不可能ではないか。見えるのはセンペル号とそれに接舷している飛空艇が1隻のみ。


「この霧の中で接舷戦闘を仕掛けてきただと!?」


 あり得ないという思い。しかし現実に敵は乗り込んできている。


 リザードマン兵やオーク兵が応戦する中、敵はカボチャの被り物をしていて――


「ふざけているのか!?」


 パンプキンヘッドが襲いかかってくる。斧を躱し、とっさにそのカボチャ頭を掴むと船の外へと投げ飛ばす。……思ったより軽かった。


「むっ」

「お命頂戴!」


 人間の女が、凄まじい殺気とともに片刃の剣で斬り込んできた。とっさに剣で防ぐが、意外と重い踏み込みに、体勢が崩れそうになる。


「人間……!」


 カラガンは目の前の敵を睨む。


 秘密拠点を攻撃してきたのは人間たち。どこの組織か知らないが、魔王軍に対抗する勢力の者だろう。


「貴様らはどこの者だ!?」


 カラガンは声を荒げる。女剣士はにたりと笑った。


「海賊でござるよ」


 女剣士――椿は再度、刀で突いてくる。


「お主らの敵でござるぅー!」


 切っ先が、カラガンの手にしていた剣を引っかけたかと思うと、素早く振り払い、その手から剣をもぎ取った。


「指揮官殿とお見受けいたしたでござる。これで丸腰でござるなぁ……とっ?」


 カラガンはもう一本剣を取った。予備を持ち歩く男なのだ。


「面白いでござるな」

「何がおかしい!?」


 カラガンは椿から異様なプレッシャーを感じた。何故、この女は楽しそうなのか? おぞましく、そして気持ちが悪かった。



  ・  ・  ・



 エイタの金棒が、巨漢のオークを殴打し、落下防止用の柵ごと破壊して船外へ弾き飛ばした。


「邪魔者は船から叩き出すに限る」


 その手に持つ金棒からすると、エイタは小柄に見えてしまう重量武器である。常人では持って振り回すことができるか怪しい代物も、改造人間である彼には木製のバットを振り回すが如きである。


 斬鉄でリザードマンを真っ二つにした豪腕勇者のソウヤは、唇の端を吊り上げた。


「学生時代は野球をやってたのか?」

「あいにくと帰宅部でね」


 エイタはブリッジに乗り込み、まとめてかかってきたゴブリンを横薙ぎで一掃した。これはひどいホームラン。よくもまあ、船上で大物を振りまわせるものだ。


「意外に思うかもしれないが、小説を書いていた」

「意外過ぎる!」


 ソウヤは操舵輪を握っていた魔族兵を睨む。その魔族兵は腰から下げていたショートソードを握ると、ソウヤに挑んできた。


 ――狭い船の上だから、大物は振り回せないと思っている?


 突っ込んできた魔族兵に、斬鉄を突きの状態で突き出す。すると敵兵が自ら斬鉄の切っ先に突っ込み腹を打っている。


 ――振り回しにくいだろうが、突くことはできるんだぜ?


「うおおおりゃ!」


 そのまま力任せに押し出せば、魔族兵は腹を突かれて吹っ飛ぶ。


「指揮官はどこだ!?」

「こいつじゃないか?」


 エイタが、倒した魔族兵――いや艦長か、身なりの上等な魔族を金棒で床に押さえつける。


「艦長っぽいな。……だがオレたちが目星をつけた奴じゃないような……」

「ソウヤー」


 ブリッジにひょいとミストがジャンプで乗り込んできた。彼女の持つ竜爪槍は、今日も魔族兵の血で濡れている。


「見つけたわよ。ツバキが指揮官を捕まえたわ」

「おう、上出来だ」


 ブリッジには、動ける魔族兵はいない。甲板上の戦闘は、上陸班がほぼ制圧したようだった。


 ソウヤはホッとする。エイタが口を開いた。


「――それで、お前さんは何のスポーツをやってたんだい、ソウヤ?」

「スポーツ?」

「お前さん、ガタイがいいからな。絶対何かやってたろ」

「よく言われるんだがね……。部活はやってなかった」


 実際、筋肉がついて豪腕を自覚したのは、この世界にきて勇者を始めてからだったりする。


「嘘だろ」

「いいや。ひと通りできたんだけど、これってのがなくてな」


 バスケもバレーも野球もサッカーも――と考え、チームスポーツばかりだったと思い至る。


 その時、霧の中で雷鳴が轟いた。ソウヤは気配に気を配る。


 霧中で、何かが起きている。

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