第554話、落雷と大波


「これは戦闘音楽だ」


 魔王軍飛空艇『クリーク』号のオーク艦長は鼻をならす。


「この霧の中で、ドンパチしてる奴らがいるぞ!」


 遠くから金属音や悲鳴、あるいは怒号じみたものがかすかに反響している。


「マスト見張り! どうだ?」

「霧が深くて見えません!」


 マストの上にある見張り台は視界がいいのだが、その好位置をもってしても、霧の中では視界はほぼない。


「副長」

「確かに、聞こえます」


 耳をすますオーク副長が言った。


「あっちは、カラガン司令のセンペル号があると思われますが……」

「戦闘をしているのは間違いない」

「しかし、警報は聞こえませんが――」


 手旗信号はこの霧の中では不可能。だが敵発見を告げる鐘を鳴らすなどはできるはずである。しかしそれらもない。


「鐘自体が壊されたか、すでに敵が船に上陸しているやもしれん」

「そんな馬鹿な……! この霧ですよ!」


 副長はブリッジの手すりから音のする方へ顔を向けた。


「下手に動けば、僚艦と激突します。そんな中、船同士が接舷して上陸するなど……」

「不可能、か? ではあの音は何だ?」


 オーク艦長は操舵輪を握る航海長を見た。


「取り舵80。低速航行だ。ゆっくり行け」


 クリーク号は針路を変更する。副長は眉をひそめた。


「艦長、賛成できません! いくら低速でも、船を見つけた時にはほぼ回避が間に合いませんぞ!」

「霧は突然晴れることもある」


 オーク艦長は断固とした調子で言った。


「ゆっくりだ。ゆっくり前進。少なくとも、味方がやられているかもしれんのだ」


 人類も極少数だが飛空艇を持っている。魔王軍の存在を知れば、人類側国家のどこかが襲撃をかけてこないとも言い切れない。秘密拠点もそれでやられたのではないか、とオーク艦長は思っている。


「変針完了! 微速前進!」


 航海長が言ったその時だった。野太い雷がクリーク号を直撃し、その船体を真っ二つに引き裂いた。



  ・  ・  ・



『愚か』


 霧の中を浮かぶはクラウドドラゴン。そのサンダーブレスが、移動した魔王軍飛空艇――クリーク号を直撃したのだ。


『風と大気を司るワタシが、霧の中が見えないと思って?』


 サフィロ号が敵旗艦から指揮官を捕らえるまで、霧の中で番人をするのが、クラウドドラゴンのここでの役割だ。


 接舷戦闘となれば、サフィロ号自体の戦闘力はかなり落ちる。霧の中とはいえ、無茶な行動に出る敵がいないとも限らない。


 それに対する備えが、クラウドドラゴンだった。


 大気の変化で物を感知できる風の上級ドラゴンは、視界不良下にあっても、飛空艇の位置を割り出し、攻撃することができた。


『……ん』


 ふとクラウドドラゴンの聴覚に、地響きにも似た音が届いた。


『始めたわね、アクアドラゴン』


 秘密拠点跡の野戦陣地へ、水を司る古代竜がアクアブレスを放ったのだ。


 北側は海、三方を低いながらも山々に囲まれた土地である。南側斜面から大量の水のブレスが流し込まれれば、それは大波となって無防備な廃墟の陣地を襲った。


 霧の中、地震と思い、その場で構えていた魔族兵たちは、突然現れた水の壁に為す術なく弾き飛ばされた。


 鉄砲水の勢いで押し寄せた水は、天幕も、応急のバリケードも、人員も、物資も根こそぎ地面から引き剥がす。そして勢いよく飛ばされ、また流されて北――海へと追い落とされるのだ。



  ・  ・  ・



 魔王軍の暫定指揮官を捕らえた。


 ソウヤたちを乗せたサフィロ号はセンペル号を牽引しつつ、戦域を離脱した。残っている魔王軍大陸侵攻軍残党は、クラウドドラゴンとアクアドラゴンの攻撃によってほぼ壊滅した。


 秘密拠点を叩いた時よりも防御が脆弱であり、伝説の二大ドラゴンの前にあっさりと蹴散らされてしまうのである。


「楽な仕事だった」

「たまに暴れると気分がいいな!」


 人間形態に戻ったクラウドドラゴンとアクアドラゴンは言うのである。サフィロ号の甲板で、ソウヤはふたりのドラゴンに苦笑する。


「あなた方が力を貸してくれるから、こちらは被害が少なくて助かっているよ」

「構わないわ」


 クラウドドラゴンが謙遜するように言えば、アクアドラゴンはニカリと笑った。


「苦しゅうないぞ。魔族は我らドラゴン族にもちょっかいを出す厄介な奴らだからな。天罰を食らわせてやるわ!」


 ドラゴンとは末永く仲良くありたい、とソウヤは思う。彼女たちと別れ、甲板を歩く。


 レーラが怪我人の手当てをしていた。と言っても治癒魔法をかければ直る程度の軽傷だったが。


「カーシュ、お前がケガをするなんて珍しいな」


 手当てを受けていた聖騎士カーシュは控えめな笑みを浮かべた。


「敵にはやられていないよ。ただ、力を入れすぎてね」

「魔族兵の顔面を殴ったそうですよ」


 レーラは心なしか眉をひそめた。


「とっさのこととはいえ、あまり無茶をしないでくださいね、カーシュ様。お体は大事にしてください」

「……そうだね」


 一瞬、間があった。普段のようにカーシュは振る舞っているが、どこかぎこちない。


 ――本当に無茶しないか、見ておかないと危ないかな、これは。


 魔王軍との戦いのベテランである元勇者組のカーシュにしては余裕がなさそうに、ソウヤには見えた。……魔族憎しの感情を覗かせるリアハのように。


 ――恋人のことを思い出したんだろうか……?


 カーシュは前の魔王討伐の旅の最中、恋人だったエルフ女性を魔王軍に殺されている。相手が魔族となると、抑制がきかないのではないか?


 不安を抱くソウヤだった。

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