第544話、ワイバーン広場


 小型エスコート船を見せてもらった。


 ゴールデンウィング二世号の半分より少し大きいくらいで、電撃砲を2門搭載した快速小型艇だった。


 これくらいの大きさなら、航続距離がない分、悪いことに使いづらいかもしれない。空輸面ではメリットはほとんどないが、限られた地域の防空などに活用できる。何より通常の飛空艇より調達費や維持費が低コストになりそうなのがポイントだ。


「やっぱ、一般向けはまだ難しいかな」

「非武装型でも?」


 ライヤーが首を傾げる。ソウヤは腕を組んだ。


「何が怖いって、船が増えれば悪用するヤツが必ず出てくることだ。いまは個人保有は極少数だから国で対応できるだろうが、数が増えればそうはいかない。戦争で治安が悪い時は特にな。航空ルールを定めるのが先だろうし、それには国なりギルドだったりと話し合う必要があると思う」

「ルールね……」

「そう渋い顔するなよ、ライヤー。どこかのアホのせいで、関係ないヤツまで迷惑を被るのを防ぐためにも必要だ。馬鹿が飛空艇を使って犯罪やらかしたので、国保有以外の飛空艇の使用や保有を禁止しますってなったら嫌だろ?」

「嫌過ぎる……」


 飛空艇で自由に空を飛びたい人間であるライヤーだ。自分の不始末なら反省もするだろうが、人の不始末で船を取り上げられるなど断固お断りである。


「それはそれとして旦那。船を欲しがる傭兵や商人はどうする?」

「それぞれの国の判断が優先だろうな」


 人手が足りないから、傭兵の手を借りたいという国もあるだろう。あるいは輸送を民間に委ねたいとかいうこともある。そういう国なら飛空艇を一般に、という話もあるかもしれない。


「それで通るなら、販売してもいいんじゃないかな?」


 ソウヤがそう言ったところで、話を黙して聞いていたジンが口を開いた。


「いっそ、リッチー島傭兵同盟のような、傭兵ギルドを作ってしまうというのは?」

「傭兵ギルド?」


 ソウヤとライヤーは、老魔術師を見た。


「もちろん、活動する範囲の国にお伺いは立てておいたほうがいいがね。飛空艇を希望する傭兵たちには、ギルド加盟を条件にする」


 ジンは、リッチー島傭兵同盟のルール資料をチラつかせる。


「犯罪に使う者がいれば、ギルド総出でそいつを捕まえ重罰を科す、とか、まあ条件を色々つけて、それでも持ちたいという者にだけ、船を売るとか」

「なるほど。後でルールを決められるのは反発もあるが、最初からその条件を呑めるヤツだけにするというのは、手かもしれない」


 ソウヤは頷いた。何にせよ、やりようはあるということだ。



  ・  ・  ・



 傭兵ギルドの創設については、追々詰めていくとして、ソウヤたち銀の翼商会は、再びグレースランド王国を目指し、リッチー島を後にした。


『ゴールデンウィング二世号』を先頭に、グレースランド向けのトルドア船6隻が従う。


 銀の翼商会自前の護衛戦力である『ゴールデン・ハウンド号』、『ゴールデン・チャレンジャー号』、そして『ゴルド・フリューゲル号』が合流し、さらにリッチー島傭兵同盟からの派遣船として『アイアン・ハンド号』、『スティール・フィスト号』がついている。


 魔王軍の船とどこで遭遇するかわからない。故に警戒する船の数のほうが多い。


 前回のエンネア王国への輸送の際は、警護2、商品10だったが、今回は警護7、商品6である。さらに別動に16隻が比較的近くにいるというのだから、前回のような規模の魔王軍の戦隊とぶつかっても、商品である6隻の船は守りきれるだろう。


 さて、ソウヤはアイテムボックスハウスの方にいた。


 神様からの試練に打ち勝ち手に入れたアイテムボックスであるが、中に家を建て、ついで修理が必要な飛空艇用のドックもどきを作った。空間を自由に作れるということもあり、人が増え、建物が増えた結果、小さな集落みたいになっている。


「箱庭の世界、か」


 上手いことを言ったつもりだが、全然上手くないとソウヤは思った。


 見上げたアイテムボックスの空――容量無限なのだから、天井だって高くはできるが、まさかワイバーンが飛行するようになるとは、最初は考えもしなかった。


 いくら生き物も入るアイテムボックスといえど、生きたワイバーンを複数入れる日が来ようとは。


 通称ワイバーン広場には、そんな飛竜に乗りたい者たちがたむろしている。


「あら、ソウヤ」

「よう、ミスト。お前がここにいるのも珍しいな」


 ドラゴンは、ワイバーンを下等種族として見ている。ドラゴンとワイバーンを同列に見ると激怒されるので要注意である。


「冷やかしってやつよ」


 ミストは意味深な笑みを浮かべる。


「少なくとも、ワタシが見ている前で暴れるワイバーンはいないでしょ」

「監視ご苦労様」

「どういたしまして」


 視線を転じるミスト。ワイバーンの背中にリアハが乗っている。隣のワイバーンの背にはソフィアが乗り、手綱の位置を確かめている。


「爺さんが、ワイバーンライダーなんて言い出したから」


 ソウヤは苦笑する。


 リッチー島傭兵同盟に飛竜母艦なんて、空飛ぶワイバーンの巣を作ったものだから、銀の翼商会内の好奇心旺盛な者たちが早速手を出したのだ。


 ちなみに、今飛んでいるのは魔獣使いのコレルだったりする。


 ――あいつも空を飛べて幸せだろうな。


 この広場で慣れたら、実際の空をワイバーンの背中に乗って飛ばすことになっている。つまりは教習所みたいなものだ。


「実際どうなんだろう? やっぱワイバーンを馴らすのは難しいんだろうか」

「ワイバーンは元来、気性が荒いわ。でもお爺ちゃんのところのワイバーンは、非常に大人しいわね」


 ミストは腕を組みながら、首を傾げた。


「あのお爺ちゃん、本当にワイバーンライダーを兵科として使っていたんじゃないかしらね。人によく懐くワイバーンだわ」


 リアハが、ソウヤが来ているのに気づき手を振った。ソウヤも反応して手を振り返す。


 まずリアハの乗ったワイバーンが羽ばたき飛び上がる。続いて、ソフィアのワイバーンがそれを追った。


 2頭が上がるのを見ていたセイジと、エルフの治癒魔術師のダルが、頭上から見下ろしている彼女たちに手を振っている。


「ちなみに、今のところ誰が一番、ワイバーンの扱いが上手いんだ?」

「フフ、愚問ね、ソウヤ」


 やはり、魔獣使いのコレルだろうか――ソウヤは予想するが。


「ここでワイバーンの扱いが一番上手いのワタシ」


 ミストは艶やかに微笑んだ。


「何せ触らなくても、アイツらにお座りさせることができるんですからね」


 ドラゴン様の威圧感に、ワイバーンもタジタジである。これには苦笑するしかないソウヤだった。

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