第545話、魔女は嗤う


 銀の翼商会は、グレースランド王国に到着した。


 王都へ向かい、先日渡した魔力通信機を用いたやりとりで手続きを済ませた後、ゴールデンウィング二世号と、王国に引き渡すトルドア船6隻は縦列を組んで進んだ。


 ゴールデンウィング号の甲板から王都を見下ろしていたソフィアが、声を弾ませた。


「リアハ、見て。王都の人たち皆こっちを見上げているわ!」

「そうですね」


 お姫様でもあるリアハは、心なしか眉を顰めた。


「初めてこんな数の飛空艇を見て、魔王軍と思っていないといいですけど……」

「不安で見上げているっていうの?」


 そんなまさか、という顔になるソフィア。セイジが隣にきた。


「襲撃があって日が浅いからね。でも大丈夫だよ」

「どうして?」

「ゴールデンウィング二世号は、グレースランドの人たちは何度も見ているし。それにほら、サフィロ号が王城の上にいるまま動いていないから大丈夫って思うんじゃないかな?」


 例のカボチャ海賊船『サフィロ号』は青き美しい船体をきらめかせて、空に浮いている。味方が来たのだから、無反応ということだろう。


 リアハは心持ち安心したような顔になった。


「あの方たちは、グレースランドの空を守ってくださったのですね」

「単に、魔王軍が来なかっただけじゃないの?」


 ソフィアは身も蓋もなかった。セイジは苦笑する。


「来なくてよかったと思うよ。防備もろくにない状況で大挙押し寄せてきたら、悲惨なことになっていただろうから」


 王都炎上、そして陥落。冗談ではないが、そういう冗談ではない事態になっていた可能性はあったのだ。


「グレースランドに魔王軍の大群が押し寄せるなんて、考えたくもないですね」


 リアハは物憂げな表情を浮かべるのだった。



  ・  ・  ・



 銀の翼商会は、運んできたトルドア式飛空艇6隻をグレースランド王国に受け渡した。選抜された新クルーたちを乗せての指導が始まる中、ソウヤとミスト、ジンは海賊船サフィロ号に乗り込んだ。


 目的は、先日グレースランド王国を奇襲した魔王軍飛空艇の捕虜と会うためである。


 船倉の奥、囚人を閉じ込める鉄の牢があって――


「空っぽ?」


 ミストが目を丸くすれば、サフィロ号船長エイタは気乗りしない顔で奥を指さした。


「そのすぐ先だ。いま捕虜は尋問中でね」


 尋問中と聞いて、ソウヤは緊張するのを感じた。この世界で『尋問』と聞いて、ろくなものを連想できなかったからだ。


 もっとも、エイタたち海賊団は、この世界ではなく霧の海世界からの転移者ではあるが。


 ジンが顎髭を撫でながら言った。


「何となくお察しだが、敢えて聞く。誰が捕虜を尋問しているのかね?」

「俺の口から言わせないでくれ」


 エイタは、さらに眉をひそめる。


「お察しがついているなら、想像の通りだよ」

「ソウヤ」


 老魔術師は視線を寄越した。


「ここから先は、かなり刺激が強い光景になる。結果は私が聞いてくるから、この先に行かないのをお勧めする」


 ジンが先んじて警告するというのは、相当なことである。彼は、かつてこの海賊団と接点があるから、ソウヤの知らないことも知っている。それで先に知らせるのだから、本気の注意だとわかる。


「だが、オレは銀の翼商会のトップだぞ。組織のトップが見ない、知らないはマズいだろう」

「悪夢を見ることになっても、責任はもてないぞ」

「どんだけ!?」


 軽くトラウマになってるではないか。だがそれで、はいそうですか、と引き返すのは、商会長として無責任ではないかと思うのだ。


 逃げたくて逃げられない責任者という立場である。


「ミスト、お前は下がっておくか?」

「あまり見ないようについていくわ。……ある程度は知っている」


 魔力眼で覗いたのだろうか。心なしかミストの表情が引きつっている。ドラゴンでさえ引き気味の尋問など、嫌な予感しかしなかった。


「――まあまあ、あなたの臓器は健康そのものね。とても綺麗な色をしているわ」


 リムの声が聞こえた。


 尋問の場へ到着。ソウヤは自分の目を疑った。


 美女姿のリムが手の何かを持って撫でていた。捕虜と覚しき魔族は――その本来の形を保っていなかった。


 パズルのように部位ごとに分解され、それを再度組み立てられているような格好だ。


「アタシは記憶力に自信がないのよねぇ……。これはどこだったかしら? 膵臓、肝臓……アタシは医術の心得はないのよ」


 リムは嬉々として言った。


「でも改造の心得はあるのよね。胃の前に肝臓をつけたらどうなるかしら……?」


 ゾクゾクとした声で言うリム。


 捕虜は泣いていた。自分の体が、おかしく改造されていく様を見せつけられて。そして目の前で、人形を分解してくっけるような残忍な遊びをしている子供のように振る舞う魔女に恐怖した。


 そもそも生きているのが不思議な状態だった。何故なら、人間なら、いや生き物なら、首から上下が分断されたら生きていられないものだ。しかし、捕虜は生きていた。


「ソウヤ、大丈夫か?」


 エイタが気遣うような声を出した。


 こんなの見せられて大丈夫なわけ――言いかけたソウヤだったが、エイタは、もっと気分が悪そうな顔をしていたから、言葉が引っ込んだ。


「お前のほうがヤバい顔しているぞ。大丈夫なのか?」

「正直、よろしくない」


 エイタは青ざめる。


「俺も、リムに改造された口だからな。……俺の時は真面目にやっていた。だが、リムが趣味で改造実験をしている時の被験者たちの姿を見ているからな」

「つらいなら、下がってもいいぞ」


 逆にエイタを気遣うソウヤである。


 何とも不思議な気分になった。本来なら嫌悪感が爆発するような光景を目の当たりにしているのに、自分より気分が悪そうな人間を見たせいか、耐えられるような気がした。


 ――いや、こりゃ後でくるな、ショックが。


 ソウヤは気を引き締めた。ジンの指摘どおり、悪夢も見るだろう。


 ふと、魔族に対して敵意と憎しみ剥き出しのリアハがこの光景を見たらどんな反応をするだろうか、と思った。もちろん絶対に見せたくはないが、この凄惨な魔族の姿を見たらさすがに同情するだろうか? 


 ――トラウマ確定だろうけどな。

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