第543話、リッチー島傭兵同盟


 リッチー島にある旧トルドア造船所で、トルドア船6隻がグレースランド王国向けに整備されていた。それを操る船員たちも準備ができた。


 並行して、グレースランド王国の空を守る船の準備も進められていた。


「傭兵同盟は、いかにも傭兵団の集まりに見えるよう、色々な船を用意した」


 ジンはそう説明した。


「我々は一度、輸送中に魔王軍の飛空艇団と遭遇した。つまり、ここにも敵が現れる可能性があるというわけだ。それに備えて、防衛戦力を置いておく」

「ここの船を魔王軍に狙われるわけにはいかないからな」


 ソウヤは頷く。


 魔王軍にとって、人類側に飛空艇がばらまかれるのは何としても避けたい事態だろう。出所がわかれば、それを潰そうとすることは容易に想像できる。


「それとは別に、我々銀の翼商会からの要請ですぐに動ける遊撃戦力を用意した」


 トルドア船型戦闘船3隻、軽クルーザー3隻、小型エスコート艇6隻、輸送船3隻、飛龍母艦1隻がその陣容だという。


「飛龍母艦……?」


 聞きなれない単語に、ソウヤとライヤーは顔を見合わせた。


「ワイバーンを積んでいる船だよ。リッチー島傭兵同盟ではワイバーンを空飛ぶ騎兵として扱うワイバーンライダーがいる……という設定だ」


 ソウヤたちのいた地球で言うところの航空母艦――空母に近い船だろう。乗っているのはワイバーンとその騎兵とは、ファンタジーではあるが。


「異文化っぽくていいな。ワクワクしてきた」


 ライヤーが相好を崩した。


「しかしまあ、15隻?」

「16隻な」

「そう、16隻。そんなに動かして問題ないのか?」

「魔王軍の飛空艇は、いつどこに現れるかわからない」


 ジンは鷹揚に告げた。


「いざ数が必要になった時、リッチー島から呼んでいたのでは時間が掛かりすぎる」

「だから予め用意しておこうってことだな」


 ソウヤは理解した。


「それで、これを全部グレースランドに張りつけるわけじゃないんだろ? 何隻回す?」

「この16隻は、非常時の備えだ。グレースランド王国には別の船を送る」


 老魔術師が見せたのは、初代であるゴールデンウィング号に似た型の飛空艇だった。帆船型であり、船体の主な部品は木製。マストや側面展開翼に金属が用いられている。


「とりあえず2隻を防衛用に派遣しようと思っている」


 同型なのか、形はほぼ同じだ。一見した時の目印になりそうなのは、船の側面の色が片方が赤、もう片方が青ということぐらいか。


「ちなみに名前は?」

「赤い方が『アイアン・ハンド』。青い方が『スティール・フィスト』だ」

「強そう」


 名前だけは。武装は電撃砲を8門と、軽クルーザーに相当する。


「この2隻で、当面グレースランド王国の王都上空を守る。もちろん、2隻で手に負えない場合は、待機している遊撃戦力が増援に駆けつける」

「当面はそれでいいんじゃないかな」


 グレースランド王国が自力で空中からの襲撃に対応できるようになるまでは、傭兵なり外部戦力で補う。実に真っ当な話である。


「ちなみにだけど、爺さん。傭兵の中身は――」

「機械人形だよ。数だけはいっぱいあってね」

「いいね。うちにも欲しいぜ」

「君にはフィーアがいるだろう?」

「そりゃそうだ」


 船を見終わり、ソウヤたちは戻る。


「爺さん、今回の傭兵同盟はあくまで空の敵に対してだけだよな?」

「そのつもりだ。白兵戦をやる傭兵はそれこそ大勢いる。こちらが介入するまでもなくね」


 ジンはやんわりと言った。ライヤーが目を見開く。


「そっか。見たことも聞いたこともない傭兵団がやってきたら、地元の傭兵たちが文句を言ってくるかもしれねえもんな」

「そういうこと」


 よそ者がやってきて仕事を取ってしまうのは、揉め事となりやすい。傭兵だけでなく、雇う方もそれまでの関係の見直しをするかもしれない。細かなところで摩擦を起こし、逆恨みの対象になったりする。


「仕事を空の敵に対処することに限定すれば、地元の傭兵との衝突は避けられるだろう。何か言ってきたら『空からの飛空艇を阻止できるなら、いつでも代わる』と言えばいいからね」


 そう、あくまで他にいないから傭兵を装って防衛戦力を割り当てているだけである。

 実のところ、銀の翼商会もジンの用意したリッチー島傭兵同盟も代わりがいるなら、出張る必要はないと考えている。


「まあ、自分らにはできないのに、追い出そうとするアホもいないだろ」


 ライヤーは納得した。


 ――うん……?


 ソウヤは、ライヤーの発言に引っかかるものをおぼえた。何となくフラグ臭がしたのだ。どうしてだろうと考え、ひとつの考えに行き当たった。


「なあ、爺さん」

「何だね?」

「遊撃戦力の中に小型エスコートとかって言ってたよな? それどんな感じの船」

「見に行くかね?」

「もちろん」


 ということで、小型船を見に行く。ライヤーが首を傾げた。


「いきなり、どうしたんだよ、旦那?」

「飛空艇を持った傭兵団が現れたとする。そうなると、自分たちも飛空艇を手に入れようって考える奴がいてもおかしくないと思わないか?」

「ああっ!!」


 ライヤーが唾を飛ばす勢いで言った。


「そうだよ! 飛空艇を使う傭兵団なんて、いまはリッチー島傭兵同盟しかないからな。飛空艇持っていれば、他の傭兵団を出し抜けるって考える奴がいるかも!」


 とはいえ、そこらの傭兵団に飛空艇が扱えるのか、甚だ疑問ではあるが。

 さらに飛空艇を扱えたとして、それを用いて盗賊じみた行為をする者も現れるかもしれない。……色々考えることは多い。


 だが戦時になった時、正規軍以外にも雑用がこなせる者たちの手が必要になることもまた事実だ。魔王軍という存在が控えている以上、時期尚早として放置するのはもったいない。


「実際にできるできないは別として、考えるのは無駄ではないと思う。それに、傭兵だけじゃない」


 商人たちも飛空艇を欲している。エンネア王国王都の商業ギルドのギルド長も、飛空艇を活用したいと言っていた。


 これも資金力のある大商人に限られるとは思うが、民間輸送は軍事輸送にも活用も可能だ。


 もちろん飛空艇を運用するに必要な技術もだが、国家間の領空を跨ぐ船が増えても航空関係のルールがしっかりしていないのはよくない。


 超えるべきハードルは多いが、これらについても国家相手に商売しているうちに考えておいたほうが後のためにもいいだろうとソウヤは思った。

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