第536話、グレースランド王国の防備と復興
銀の翼商会は、グレースランド王国と飛空艇の販売契約をした。
魔王軍の攻撃を受けた直後だけあって、購入の決断は早かった。だがエンネア王国以上にグレースランドは、飛空艇を操る人員が希少で、乗組員集めと素人だろうそれらの練成の問題が出た。
ジンと、クレイマン王の軍隊から人員を回せると打ち合わせ済みのソウヤは、訓練人員と、戦力化までの傭兵団を紹介するということで、当面の問題は解決した。
「君たちがいてくれて助かった」
グレースランド王は安堵を滲ませる。
「でなければ、今頃、打つ手なく連中の次の襲撃に怯えるしかなかった」
「敵は偵察のようでしたから、まだしばらくは攻めてはこないでしょう」
ソウヤは頷いた。
「今のうちにこの国の防空能力を育成しないといけません」
「当面は、傭兵団に委ねるしかない」
グレースランド王は僅かに渋い顔になった。
「ソウヤ殿、紹介してもらえる傭兵だが……大丈夫だろうか?」
それは、傭兵団が防衛の名のもとに、でかい態度で地元民に接し、みかじめ料よろしく金品を要求したり、飛空艇を活用して悪事を働いたりしないか、という不安だろう。
傭兵はアウトローな印象が強く、酒と暴力と金のイメージが一般的だ。もちろん、真面目だったり紳士的な者もいるが、全体のイメージはどうしてもダーティーなものが強い。
冒険者でさえチンピラめいた乱暴者のせいで、粗暴な印象を持たれる傾向にあるが、傭兵はそれより無頼漢と見られがちだ。
「それについては――」
ジンが口を開いた。
「行儀のいい者たちをご紹介できるかと。ご安心ください」
さすがクレイマン王。自分のところの軍隊には自信があるのだろう。機械人形たちは、ジンの言うことはよく聞く。
「それにしても、飛空艇を操る傭兵団が存在していたとは……」
グレースランド王は感慨深い顔になる。
「この辺りでは、飛空艇の数が少ない。まさか傭兵が運用できるほど飛空艇があるとは」
「世界は広いですね」
ソウヤは、話を合わせた。
「オレたちも飛空艇を手に入れて、色々な場所に行くようになって世界が広がりました。これまで見たことも聞いたこともない連中がいて、そっちでは飛空艇がこっちより普及していたりとか」
銀の翼商会はゴールデンウィング号があったから、飛空艇製造工房や傭兵団と出会えました、という風を装う。
「うむ。……しかし、飛空艇を多く保有している国が、これまでこちらに攻めてこなかったのは幸いだった。今日のことで痛感したが、飛空艇の艦隊などが空から攻めてきたら、これまでの戦いの常識などひっくり返ってしまうだろう」
「現に、魔王軍はそれを狙って飛空艇を大量整備していますよ」
ジンは顎髭を撫でた。
「傭兵団のほうも、魔王軍とは小競り合いを繰り返していて、同じ人間の国を攻撃しようなんて考えている余裕はなかったでしょう」
人類の危機である。人類同士で争っている場合ではない。
「そうだな。人類一丸とならねば、魔王軍には打ち勝てまい」
グレースランド王は強く頷いた。ソウヤは、今のやりとりでクレイマン王の傭兵団への不安が和らいでくれるのを祈った。
「それで、ソウヤ殿。今日はここにいてくれるだろうか? 銀の翼商会のためにお礼も兼ねて晩餐会をしたいと思うが」
「せっかくですが――」
ソウヤは表情を引き締める。グレースランド王国のために飛空艇を運び、また当面の護衛である傭兵団の準備もしなくてはいけない。
それに他の人類国の様子も気になる。そちらへの戦力提供を考えれば、あまりゆっくりは――
「晩餐会ですか。それは光栄です、陛下」
ジンが鷹揚に応じた。ソウヤは隣の老魔術師が、受ける態度を取ったので目を剥いた。
「爺さん――」
「ソウヤ、招待していただいたのだ。姫様方と楽しんでこい」
ジンは小声でそうソウヤを説得した。
「……T工房と傭兵団については、私がゴルド・フリューゲル号で先行して手配する。君は後で、ゆっくり来てくれ」
王のご配慮を無下に扱うものではない、と老魔術師は言うのだった。
わずかの時間しかなくても、レーラとリアハに城でゆっくりさせる時間を作ってあげなさい、とジンは告げた。
・ ・ ・
グロース・ディスディナ城は、レーラ、リアハ姉妹には実家である。
離れ行くゴルド・フリューゲル号を見送りながら、ソウヤは思った。
破壊の跡が痛々しい。通り魔よろしく、魔王軍の飛空艇に一撃を受けた城は、壁の一部を抉られ、尖塔のひとつが倒壊したが、重大な損害は免れた。
王族や城の住人たちの生活に支障はなく、復旧に向けた後片付けが進められていた。その作業には、レーラとリアハ、一部の銀の翼商会メンバーが手を貸していた。
王族姉妹の姿は、グレースランド王国の民たちには心強く映っているようで、魔王軍の奇襲の後の陰鬱な空気がどこかへ消し飛んだようだった。
――凄えよな、お姫様方ってのは。
その姿を見ただけで、元気になるというのは。レーラは聖女で、リアハは若くしてグレースランド王国の民から頼られる騎士姫である。
――いっそ、ここに残しておいた方が民たちも元気になるんじゃないかな。
ソウヤの思考に、そんな考えが過る。
「黄昏れてるわねぇ」
ミストが、ソウヤの傍らにやってきて、ニヤニヤしている。
「見とれていたのは、レーラ? それともリアハ?」
「両方」
ソウヤは苦笑した。
「攻撃された後なのに、みんな楽しそうな顔になってる。あの二人は、この国で愛されているんだなって」
「安心しているのは、銀の翼商会がいるからもあるわよ」
ミストが、ソウヤの方をポンと叩いた。
「アナタもあっちに混ざったら。勇者様が来てくれたら、人間たちはもっと安心するわよ」
「そうかなぁ」
「そうよ」
ミストは自信たっぷりだった。その根拠を聞かせてくれ、とソウヤは思った。
「ソウヤ様ー!」
下で、レーラが大きな声で呼んだ。
「こっちを手伝ってくださいよー」
凄い笑顔でレーラは言うのだ。それを見て、ソウヤの顔も綻ぶ。
――マジ凄ぇよな、聖女様は。
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