第535話、ちょっかいの結果
魔王軍アラガン級飛空艇『レーレラ』号は、グレースランド王国北部の山岳地帯を飛行していた。
「しかし、グレースランドの奴ら、王都に攻め込まれたのに反撃してきやせんでしたね」
ホークマンの副長が小馬鹿にするように言えば、レーレラ号艦長のソルテは鼻をならした。
「所詮、下等な種族ということだろう」
悪魔族であるソルテは、灰色肌に屈強な体躯の男であった。
「我ら魔族には空を飛ぶ者もいるというのに、空への警戒感が薄い」
「一応、クロスボウや射撃兵器はあったみたいですがね」
へへっ、とホークマンの副長は笑った。
「しかし、この飛空艇には通用しやせんが」
「……」
「艦長、何で軍は人間の国へ侵攻しないんですか?」
副長は不満を露わにした。
「グレースランドの脆弱な防御、見やしたか? オレらの他にもう2、3隻もありゃ陥落させられますぜ」
「本国が反乱勢力の掃討を優先させているからだろう」
ソルテは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「それがなけりゃ、とっくに人類への復讐を始められたものを!」
十年前の戦争で、ソルテは兄弟を多く亡くしている。人類との戦争再開を望む魔族のひとりである。
「まあいい。この威力偵察の結果、人類側がまったく準備ができていないってわかりゃ、上も考えを改めるかもしれん」
そうなれば、戦力が整うのを待つまでもない。早々に侵攻を開始し、一挙に人類国家を占領するのだ。
本当なら、侵攻の準備が整うまで手を出すなと、魔王として動き出したドゥラークから命令が来ている。
しかし前線の大陸侵攻軍では、侵攻のための情報収集は必要とし、飛空艇を用いた威力偵察を現場に命じた。
この侵攻軍の意図を、ソルテは、現有戦力での侵攻開始を狙っていると解釈している。こちらがちょっかいを出して、人類側の防備が弱いなら、時を置かず侵攻すべしと侵攻軍はドゥラーク閣下に上申するつもりなのだ。
要するに、配備された飛空艇艦隊を使って、人類を踏みつぶしたいのだ。そもそも魔族の気質は拙速、とにかく動けなのである。
「右舷! 敵飛空艇っ!」
突然、見張り台の魔族兵が叫んだ。
「敵!?」
ソルテも、副長も右へと視線を向けた。そこへ下から飛空艇がせり上がってきた。しかもほとんど船体をこすらせるかのような至近距離だった。
「こんなに接近を許したのか!?」
ほとんど接舷する距離で、その青い飛空艇のクルーがレーレラ号に乗り込んできた。
「戦闘配置ーっ!!」
ホークマンの副長が叫んだ。そこへソルテらのいるデッキに、人間が乗り込んできた。そう人間だ。小僧かと思える体付きながら、不釣り合いなほど大きな金棒を肩に担いでいる。
「よう、あんたが親玉かい? 海賊様のお通りだ」
振り回された金棒がホークマンを撲殺し、ソルテの顔面に迫った。
・ ・ ・
グレースランド王国王都近辺に差し掛かった頃、サフィロ号から続報が届いた。
『敵飛空艇を拿捕。魔族指揮官を拘束せり』
なお、他に魔王軍の飛空艇が潜んでいるということはなかったようだ。
わざわざサフィロ号が横付けして乗り込んで隙を作ったのに、別の船は現れなかったからだ。
それにしても。
「敵船を拿捕とか!」
「さすが海賊。近接での乗り込み戦闘はさすがと言わざるを得ない」
ジンも目を細めた。
エイタは、しばらくグレースランド王国北部を警戒、敵の動きを見るとのことだった。
ソウヤは、ゴールデンウィング二世号を王城近くへ向ける。ゴルド・フリューゲル号は、上空で待機してもらう。
レーラとリアハは、船から眼下に見える王都に、痛々しい目を向けた。
「攻撃は一部だけだったようですね」
「城も……。お父様、お母様はご無事だったのかしら」
「陛下たちは無事だぞ」
ソウヤは、転送ボックス経由できた手紙を彼女らに見せた。
「これから俺たちと会えるそうだ。城内の怪我人は数人程度。今のところ死亡はなしだそうだ」
嫌がらせ程度の攻撃だったのだろう。敵は一撃離脱に徹したのかもしれない。
「ふたりとも呼ばれているが、来るよな?」
「はい」
「もちろんです」
レーラとリアハは頷いた。
小山そのものが王都となっているグレースランド王国。その山頂にあるグロース・ディスディナ城に、ソウヤたちは向かった。
王城では、レーラ、リアハ姉妹が両親に再会。お互いに無事を確認し喜んだ。
一家団欒の邪魔をしては悪いと席を外したソウヤだったが、すぐに国王から呼び出された。同行したジンと一緒に、ソウヤは王の執務室でグレースランド王と対面した。
「久しぶりだな、ソウヤ殿。ああ、肩肘張らなくてもよい。忌憚のない話し合いをしたくて、ここに呼んだのだ。楽にしてくれ」
外交用の王の間ではなく、執務室に呼ばれたのは、公の場では発言すべきことではない内容も含まれているのだろう、と察する。
レーラとリアハは母親と別室で話をしているそうで、執務室には、グレースランド王とソウヤ、ジンと警備の近衛兵のみとなった。
「――被害については軽い。しかし王城が攻撃を受けたことは、王都の民も不安がるであろう」
「魔王軍は空から攻めてきたようですからね」
ソウヤは、王都を襲撃した敵飛空艇を銀の翼商会所属の飛空艇で捕捉、これを拿捕したことを伝えた。
「警戒中ではありますが、他の魔王軍の船は今のところ確認されていません」
「ただの偵察だったのは、不幸中の幸いだ。しかし、我が国は空からの攻撃に無力であるという事実が露呈してしまった」
グレースランド王は眉間にしわを寄せる。
「地上から攻めてきたならば、山城であるこの城はある程度耐えられる。しかし空からの敵にまったく対抗できなかった」
この国では飛空艇は1隻しかなく、それも魔王軍の使うような大型船ではない。敵が飛空艇で攻めてきても、とても守りきれるものではなかった。
「エンネア王国からも聞いたが、ソウヤ殿の銀の翼商会は、飛空艇を取り扱っているとか?」
「ええ、その話をしに来ました」
ソウヤはジンと顔を見合わせ頷いた。
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