第534話、敵船1


 グレースランド王国王都に、魔王軍の飛空艇が襲来した。それを受けて、銀の翼商会は忙しくなった。


「このまま王都へ急行する!」


 ソウヤは決断した。転送ボックスで送られてきたグレースランド王国からの報せでは、敵船は1隻のみで、王都の周りをぐるりと一周して、爆弾と電撃砲を数発撃ち込んで、北へと戻っていったらしい。


 エイタが言った。


「ソウヤ、サフィロ号で敵を追う!」


 高速飛空艇であるサフィロ号は、ソウヤたちのゴールデンウィング号より足が速い。離脱した敵船が先行偵察ならば、本隊もいるはずだ。その確認のためにも偵察してもらうべきだろう。


「わかった。通信機は持ってるな? 敵と接触したら連絡をくれ!」


 ソウヤに頷いて、エイタはサフィロ号に戻った。魔力燃料をゴールデンウィング号より受け取ったサフィロ号は、アストラペーエンジンを噴かして一気に飛び去った。


「速い船だ」


 ソウヤはブリッジに上がる。


「ライヤー、こっちも最大速度だ」

「了解、ボス」


 ゴールデンウィング二世号、ゴルド・フリューゲル号は速度を上げて、グレースランド王国王都を目指す。


「ミスト、魔力眼で王都の様子を見えるか?」

「やってみるわ」


 ミストが瞑想するように目を伏せた。黙ってついてきていたレーラは祈りの言葉を唱え、青ざめているリアハは駆けつけたソフィアに肩を叩かれていた。


 グレースランド出身者には、心穏やかではいられないに違いない。魔王軍が大飛空艇軍団を編成しているのを、銀の翼商会は掴んでいた。

 その対策のために飛空艇を各国に回そうとしていた矢先に、その敵が動き出してしまったかもしれないのだから。


 ジンがやってきて、腕を組んだ。


「敵はたった1隻だって?」

「現地からの報告ではそうなる」


 ソウヤは、老魔術師に手紙を渡した。


「『被害は軽微なれど、偵察攻撃の可能性あり、か』」

「どう思う、爺さん?」

「現時点では推測でしかないが、おそらく今いる敵はこの1隻のみだろう」

「1隻だけ? 他に敵船が控えている可能性は?」

「なくはないが、少なくとも、これから王国を攻めようと艦隊が待機している、ということはあるまい」

「どうしてそう言えるんだ、ジイさん?」


 ライヤーが質問した。レーラとリアハも老魔術師の答えに注目する。


「攻め落とすつもりなら、たった1隻だけ送り込むのは不自然なのだよ。奇襲を掛けるなら、一気に艦隊で乗り込んで電撃的に占領させたほうが、手っ取り早い」


 わざわざ1隻だけで攻撃して、後続が来るのでは、と警戒させる意味がない。


「今回の行動は、完全な偵察だ。同時に当面は本格侵攻はないな」

「そこまで言い切れるのか?」


 偵察というのはわかるが、本格侵攻がしばらくないというのは?


「ただ偵察するだけなら、バレないように高いところから様子見だけでも済ませられる。わざわざ攻撃したのは、当面攻撃しない国への牽制か、あるいは反応を見たのかもしれないな」

「反応?」

「王都を攻撃されて、人間が怒らないはずがない」


 ジンはきっぱりと言った。


「当然、報復を考える。グレースランド王国が、飛空艇や飛行可能な手段を繰り出してくると考えるのが自然だ。魔王軍は、その反撃手段、規模などを観察するためにわざと王都を攻撃したのかもしれない」


 その反撃の素早さ、戦力を見て、本格侵攻する日のために準備する――魔王軍飛空艇のグレースランド王国王都襲撃の意図はそれではないかと、ジンは告げた。


「反撃が大したことがなければ、割り振る戦力もあまり多くしなくてもいいが、想定以上の反撃手段をグレースランド王国が持っていたら、魔王軍も侵攻のために大戦力を動員せざるを得なくなる」

「それって、反撃したら敵に情報をくれてやるってことか?」


 ソウヤは眉をひそめた。


 サフィロ号に急行させたが、その対応はまずかったかもしれない。


「ソウヤ、反撃しようがしまいが情報はある程度敵に渡ってしまうものだ」


 仮に偵察船を撃沈したとしたら、正確な情報は持ち帰らせないが、飛空艇が帰ってこなかったという事実は、魔王軍の知るところになる。


 つまり、グレースランド王国は単独の飛空艇を撃沈できる能力があるのでは、という情報は、どうやっても伝わってしまうのだ。


「それに、魔王軍には防衛力があると思わせたほうがよい。歴史を紐解けば、あまりに無防備だったため、本来攻略がしばらく先の予定だったにもかかわらず、現場指揮官の判断で攻撃が始まり、占領してしまったという例もあるからね」


 それに、と老魔術師は付け加えた。


「どのみち、グレースランド王国に銀の翼商会は飛空艇を提供するのだろう? その動きは、魔王軍のスパイなりに掴まれる」

「つまりこの場合は――」


 リアハが口を開いた。


「この敵船は沈めてしまったほうがよい、と?」

「私はそう考えるね」


 ジンは顎髭を撫でた。


「とはいえ、まだ推測だからね。敵がグレースランド王国の反撃能力を見るつもりなら、もしかしたら、敵船を追った先に、他の敵船が待ち伏せしている可能性もある」


 そう言ったところで、通信機が鳴った。


「こちらブリッジ」

『こちら通信室。先行するサフィロ号より入電です。魔王軍の飛空艇を発見。現在追尾中』


 ソウヤはジンと顔を見合わせた。


「沈めてもいいかな?」

「いいと思う」

「――通信室、サフィロ号に通信。敵船の撃沈を許可。ただし、他にも敵船がいる可能性があるので注意。攻撃方法ならびに現地での判断は、船長に一任する、以上」

『了解』


 通信室からの返事を確認し、ソウヤはライヤーへと視線を向けた。


「針路はそのまま。オレたちは王都へ急行だ」


 ただし、サフィロ号から救援の要請がきたら、すぐに駆けつける構えは取っておく。

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