第537話、お部屋訪問


「お疲れさまでした、ソウヤ様。皆さんも喜んでいましたよ」


 レーラが癒やしの笑顔で声を掛けてくれる。


 グロース・ディスディナ城の庭に散らばっていた石壁の瓦礫の後片付けを手伝ったソウヤである。


「さすがソウヤ様は力持ちです。私は全然持てないので」


 苦笑するレーラである。光の魔法に長け、治癒の魔法にかけては並ぶ者がいないほどの実力を持つが、こと筋力では一般女性の平均より落ちる。


「これからどうしましょうか? 夕食の時間まで、まだしばらくありますし」

「そうだなあ……。休憩でいいんじゃね。特にしなきゃいけないことはないし」

「ですねぇ。町のほうも何か手伝えることはないかって思ったんですけど、止められましたし」


 うーん、と腕を組むレーラ。王都の住民を安心させたい、という気持ちなのだろう、とソウヤは察する。


「そっちは、リアハとソフィアが行ってる。大丈夫さ」


 手に負えないようなら、とっくに呼ばれているだろう。聖女が出なくても済んでいると解釈していいと思う。


「せっかくの里帰りだし、部屋でゆっくりしたらどうだ?」


 前に戻った時の部屋はあっただろうし、とソウヤはふと思う。そういえば10年生死不明だった期間があったら、レーラの部屋はどうなっていたのだろうか?


 普通、死亡扱いとなれば私物を含めて片付けられてしまうのではないか。


「――そうですね。そうだ、ソウヤさんも来ませんか?」

「ん?」


 考え事している間に、聞き逃してしまった。そんなソウヤに、レーラは下から覗き込むように体を傾けた。


「私の部屋です」

「あー、うん。行くか」


 よく考えもせず了承する。わーい、とレーラは嬉しそうだったが、ソウヤはこの時、失念していた。


 女の子の部屋に呼ばれているということを。



  ・  ・  ・



 お姫様の部屋というのは、広くて、ベッドが天蓋つきで、ファンシーなんだろうな、とソウヤは思っていた。


「どうぞ、ソウヤ様」


 ニコニコとレーラに案内された室内。


 部屋というには広いが、お姫様のお部屋、というには少し狭く感じた。これがグレースランドの王族の標準的なサイズかもしれないが、印象としてはそこまで大きいわけではない。


 ベッドは天蓋はついていたが、サイズは通常よりやや大きい程度。あくまで一人用の範疇だ。


 机や家具などは、シックな装いで、現代人の感覚で言えば、少し高そうではあるが、飛び抜けて豪華ではない。


 もっとも、実はもの凄く貴重な品だったり、職人の仕事だったりするかもしれないが。


 聖女ではあっても、お姫様なイメージがあまりないレーラらしい、控えめな内装だった。


「少し、恥ずかしいですが……」


 などと照れている様子のレーラだが、ソウヤから言わせれば、何一つ持ち主が恥ずかしがるようなものは見えなかった。


「この部屋、10年前と変わらずこのままだったのか?」

「いえ、魔王の討伐後、私が生死不明の扱いの時に一度整理されていたそうです」


 レーラは、ベッド傍にあるティータイム用のテーブル席についた。


「私が、この国にかけられた呪いを解いて、再びソウヤ様のアイテムボックスで眠りについた時に、今の状態にしまわれていた家具などが戻されたそうです」

「そうなのか」

「ソウヤ様が、必ず私を助けてくださるって、両親も信じてくださっていたのでしょうね」


 魔力欠乏で命を落としかけたレーラ。グレースランド王に必ず助けるとは言ったものの、その時はまだ具体的な解決策は見つかっていなかった。それでも王は、レーラは必ず助かると信じたのだろう。


 ――いい家族だ。


 そこへ扉をノックする音が聞こえた。


「はい」

「失礼いたします、レーラ様」


 侍女が扉を開け、頭を下げた。


「よろしければ、お茶をご用意いたしますが、如何いたしましょうか?」

「ありがとう。私とソウヤ様の分をお願いいたします」

「かしこまりました、レーラ様」


 侍女は退出した。ソウヤは席につく。


「こうしていると、レーラもお姫様なんだなって思う」

「変、でしょうか……?」

「いいや。いつも聖女様の格好だから、それってあまりお姫様っぽくないんだよね」


 シスター服のような、正確には司祭服に近いのだが、少なくとも教会の関係者に見えるのである。


「オレ、お姫様に毎日お茶を淹れてもらってるんだな……」


 何か怒られそうだ。


「いえいえ、私が好きでやっているので。私のささやかな喜びを奪わないでください」


 レーラは微笑んだ。


「ささやかな喜び?」

「好きな人が幸せそうに飲む顔を見ると、幸せな気持ちになりません?」

「そ、そうか……」


 さらりと言われると、こそばゆいものを感じた。レーラも、自分の言葉に気づいたのか、頬が赤くなった。


「あっ、いえ、その、深い意味は――」

「お、おう。人の幸福を願うのが教会の教えだもんな」


 おかしなことは何もない。それが教会関係者の口から出るのは自然なことだ。そこに男も女もなく、人の幸せそうな表情は安心と幸福を呼ぶ。何故なら感情は周囲に伝染するからだ。怒鳴り声を上げる人間をみれば、周囲は不愉快になり、対象は異なれど苛立ちや怒りの感情が生まれる。


 ……なお、この時、ソウヤはレーラの『好きな人が』の部分がすっかり抜け落ちているのに気づいていなかった。

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