第531話、殺し屋と妖刀


 ゴールデンウィング二世号、ゴルド・フリューゲル号、サフィロ号の3隻は、エンネア王国を離れ、隣国グレースランド王国を目指していた。


 魔王軍の脅威を伝え、いずれくる人類軍のための戦力作りを打診するのだ。ついでに銀の翼商会の行商としての商売もしておくという、むしろこっちが本業である。


 人類の平和のため、金を取る。


 値段をつけないと、人は際限なく欲しがるもの。他国に渡るのが嫌だから、使いこなせないのに独占する、などされても困る。


 自国の利益を追求するのはわかるが、それで人類が守れないでは本末転倒なのだ。


 さて、ここ最近加わったエイタたち海賊団メンバーと銀の翼商会の面々の交流は進んでいる。


 同じ日本出身の異世界人であるソウヤとエイタは、よく雑談をするようになった。リムがジンにつきまとい、ベタベタしている。


「お爺ちゃんはモテモテね」


 ミストが、そう言って老魔術師を冷やかしていた。なおそのミストとリムが、よく話をしているのをソウヤは見かけた。


 特に仲がよさそうには見えないが、霧竜であるミストは、霧の海世界で霧の魔女と呼ばれたリムに、何らかのシンパシーを感じたのかもしれない。


 そんな交流がぼちぼち見られる中、ちょっとした騒ぎが起きた。


「妖刀『椿』」

「あいにく、殺す相手に名乗る名前はない……!」

「いざ!」


 椿が甲板を蹴った。刹那の瞬きの間に、金属同士がぶつかる。


 妖刀がぶつかったのは、ガルのダガー。


「やるでござるなァ、名無し殿!」


 目にも止まらない刀の舞。昆虫の羽根の羽ばたきが目で捉えるのが困難なように、妖刀の煌めきを素人は捉えられない。


 しかしガルもまた殺人的速度でダガーを繰り出し、金属音を連続して響かせる。そう、この見えない加速をすべて、滑らせ、躱しているのだ。


 突然聞こえた剣戟に、ソウヤとエイタはさすがに様子を見に行く。


「おいおい、何をやってるんだ?」

「レクリエーション、らしい」


 ギャラリーたちの中にいたジンが答えた。彼に腕を絡ませている美女姿のリムが口を開いた。


「あのイケメン君、なかなかやるじゃない」

「レクリエーション!?」


 ソウヤの目には、本気の戦闘にしか見えなかった。エイタも眉をひそめる。


「椿の攻撃をよく凌いでいるが、大丈夫なのかソウヤ?」

「それはこっちのセリフだ」


 殺し屋集団カリュプスのエースであるガルだが、ソウヤの目には相手の椿もまた凄まじい剣の達人であるのがわかる。


 と、椿が後ろへ跳んだ。見守っていたゴールデンウィング号、サフィロ号のクルーたちも驚く。


 ガルが前に出たのだ。持っているのは刃渡り30センチほどと、大型の部類にはなるが、それでもリーチは刀に比べれば短い。だがガルの繰り出す斬撃は、その倍以上の効果範囲があるように見えた。


 ――つーか、あいつの右腕が早すぎて見えねぇ!


「椿が嫌がっている……」


 エイタが呟いた。


「は?」

「あの戦士の攻撃が、椿の懐に飛び込んで、刀の根元辺りで迎撃させている。ああなると、椿は手が出せない」


 刀のほうがリーチがある。本来このリーチの差は長いほうが有利と言われる。


 ダガーより剣。剣より槍。槍より弓――


 だがそのリーチ差をガルは潰したのだ。大胆な肉薄と素早さで。つまり、実力に差があれば、リーチ差の優劣もまた変わる。


「あの戦士、何者だ?」

「ガル。……殺し屋さ」

「殺し屋ね。なるほど、椿がそれに引き寄せられたな」


 妖刀は、死のニオイを好む。暗殺者であるガルを見て、殺人衝動が抑えられなかったのだ。


「というか、あの殺し屋。妖刀相手に殺意が凄いな」

「……」

「ソウヤ?」

「うーん、オレ、あいつがあそこまで殺意を剥き出すの、久しぶりに見た」


 ガルが殺意をソウヤでもわかるくらい剥き出しにするのは珍しい。普段は殺意を見せずに敵を始末する。まさに仕事とばかりに処理していくが、彼があからさまに殺意を見せたのは、組織を壊滅させた魔族のブルハとの戦いのみだった。


 ――仕事人のガルから、感情を引き出すほどの相手ということか……。


「というか、マジで止めないとヤバいだろ、これは――」

「ツバキ!」


 唐突にリムが声を張り上げた。


「アタシの作った武器の癖に負けるなんて許さないわ! へし折られたくなかったら、そいつを殺しなさい!」

「おいおい」


 あまりに物騒な物言いに、ジンはさすがに顔をしかめた。


「承知!」


 椿、その妖刀が妖しく光を帯びた。ガルの斬撃を弾き、腕を振るうのではなく体ごと刀身をスライドするようにガルの懐に潜り込む。


「斬!」


 ミスリル製のダガーが折れた。力でぶつけたわけではない。触れただけで斬れたのだ。


 次の瞬間、悲鳴が上がった。


 椿の。側頭部に鉄針が刺さっていたのだ。これには、さすがの椿も下がる。ガルもその隙に後退。


「ガルさん!」


 ギャラリーの中からセイジが自分のダガーを投げ、ガルはそれをキャッチした。


 だが――


「そこまでだ! ふたりとも引けェ!」


 ソウヤは怒鳴って間に入った。


「つか、椿、血ぃ出てるぞ。治癒魔法!」

「ソウヤ、椿は大丈夫だから」


 エイタがソウヤを押さえようとする。


「そいつは刀が本体だから、血が出ているほうの体は致命傷じゃない。それより今の椿に近づくとお前が危ない。血を吸われるぞ」

「オレの血くらいくれてやらぁ!」


 ソウヤは声を大にした。


「とにかく、このふざけた戦いはやめろ! 本気で殺し合いをするやつがあるか!」

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