第530話、加わる者、抜ける者


 エンネア王国からの打診、相談をソウヤは幹部会で話した。


 王国は現在ルガードーク建造中の飛空艇を購入する予定だが、飛空艇の乗員育成を必要としていた。


 ジンの機械人形たちで、若干その穴埋めと育成のサポートはできるので、人数さえ集まれば問題は解決する。ただし、一からの育成になる者も少なくないので、戦力化に時間がかかる。


「国王陛下は、トルドア船を運んできたクルーたちを雇えないかって言っている」

「つまりは、兵隊も欲しいというわけだ」


 ジンが顎髭を撫でつける。


「まあ、予想はしていたけどね」

「どこかに飛空艇も操れる傭兵とかいれば、そいつらに声を掛けるって話で済むんだが」


 ソウヤは、ちらと、幹部会に参加しているエイタを見た。


「それっぽいのと、この世界で会わなかったか?」

「いいや」


 エイタはナイフを磨く。


「向こうの世界なら、武装した船乗りは多かったけど、こっちじゃな」

「だよな」

「あとソウヤ。俺たちはどこかの国の軍隊に入るのはごめんだぞ」


 海賊船長は、首をすくめた。


「まあ、単独行動で魔王軍に海賊行為をしていいっていうなら別だがね」

「あんたらには、うちの船の護衛をしてもらうからね。頼まれなければ紹介しない」

「俺らが頼んだら、王国にも紹介するってか?」

「当人の意思は尊重する派だからな。やりたいっていうなら、そうなるようにさせるさ」

「しかし、傭兵団として雇う、というエンネア王国の意向は利用できるな」


 ジンがそんなことを言った。カボチャのチップをかじっていたライヤーが口を開く。


「利用って?」

「私は軍隊を持っている」


 ジン・クレイマンは両腕を広げた。


「いざという時は、この世界の人間たちのために参戦させる可能性も視野に入れていた」

「伝説のクレイマン王の軍隊!」


 ライヤーは目を輝かせた。


「世界を制したっていうジイさんの軍隊が戦ってくれたら、魔王軍も敵じゃないんじゃないか?」

「あまり買い被らないでくれ。大昔の話だ」


 老魔術師は謙遜する。そうこの老人は、5000年ほど前に一大強国を作り、圧倒的武力を有する軍隊を保有していたのだ。


「エンネア王国が戦力の不足は外国の傭兵で補うというなら、その不足分を、私の軍隊で埋めるという手も使えると思ってね」

「あー、傭兵として加わるなら、参戦しやすいか」


 正体不明の軍隊が出てきたら、どこの勢力かと調べられるが、個々の小さな傭兵組織のふりをして参加すれば、そこまで不審に思われない。言わばカモフラージュになる。


「魔王軍と戦うという点で、人類の意識は共通している」


 ジンは顎髭を撫でる。


「だが、そこでクレイマン王の軍隊が出てきたとなったら、人類社会がひっくり返る騒動になるのではないか」

「なるだろうな。絶対になる!」


 ライヤーは断言した。


「今でもクレイマン王の遺産を求めている奴らがいるんだ。国にとっても、伝説の大国の出現は警戒するだろうし、面倒にしかならねえと思うわ」

「私はただ人類を助けたいだけなんだけどね」


 本人はそう思っても、周りはそう解釈するとは限らない。ソウヤは頷いた。


「じゃあ、爺さんさえよければ、飛空艇を扱う傭兵団を用意してくれ。銀の翼商会が王国に紹介するって形にすれば、それで問題は解決だろう」


 編成した傭兵団が直接エンネア王国に申し出ても警戒されるだろうが、国王と親しいソウヤの銀の翼商会が間に入ることで不審がられることはないはずである。


 銀の翼商会は、行商として色々なところに行っているから顔が広い――ということになっているから、遠い異国にいる傭兵団とエンネア王国を結びつけるパイプ役になっても不自然ではない。


「しかしまあ、王様がいるというのは凄ぇことだよな」


 ライヤーが手を叩いた。


「必要な時に、王様命令で何でも揃うんだもん」

「残念ながら、何でもは揃わないよ、ライヤー」


 ジンは窘める。


「私もできれば、大きな干渉はしたくないんだ。だがしないと人間が大勢死ぬことになる。それを座して見ているのは、同じ人間としてどうなんだ、というだけの話だ」


 その時、ドアを叩く音がした。


 どうぞ、とソウヤが返事をすれば、やってきたのはイリクだった。


「決まりました」

「そうですか」


 この会議の前、ソウヤは、アルガンテ王の意向をイリクに伝えた。王国魔術団派遣魔術師の、銀の翼商会からの撤退。


 それを聞いたイリクのショックは大きく、国王に直談判します、と王城へと行った。そしてアルガンテ王と話して、戻ってきたのだ。


「どうでしたか?」

「残念ながら、王命とあれば従うほがありません」


 とても――とても悔しそうな顔をするイリク。ジンから魔法を学んでいた日々が、とても楽しそうだったのは、ソウヤも見ている。だから彼が残念がるのも理解できる。


「王国魔術師の質を上げるため。もともとソウヤ殿も、王国のその意向を酌んで受け入れてくださった。その上で指導していただき、まことに感謝しかありません」


 しょんぼりイリクである。しかし、ここで学んだことが伝わらなければ意味はない。


「しかし、我々はまだまだ学ぶべきことが多くあるのも事実。そこで私を含め、団員5名はここで船を降りますが、サジーを残していきますので、引き続き指導していただければ、と思います」


 ここでジンの魔法指導を受けられなくなるのは、王国の魔法界の発展にとって望ましくない、とアルガンテ王に食い下がって認められたそうだ。


 ――この人のことだから、自分が残りたかったんじゃないかな……。


 ただ幹部がいつまでも留守にするのはよくないということで却下されたのではないか。息子であるサジーを残したのは、せめてもの抵抗だろう。


「私としては残念無念ですが、これも王国のため。ジン殿、ここでの指導、決して忘れません。そしてソウヤ殿、機会を与えてくださり、ありがとうございました。また、ご一緒できる日を夢見て、励んでまいります」

「こちらこそ、お世話になりました」


 ソウヤは頭を下げた。


「ご活躍をお祈りしています」

「こちらこそ。……それと個人的なお願いなのですが、ソフィアのこと、よろしくお願いいたします」

「お預かりいたします」


 かくて、イリクら魔術団は、ゴールデンウィング号から降りた。


 なお、魔術団の話を聞いて戦士組からも二名、退社の申し出があった。後進の育成、残してきた家族が気になって――理由はそれぞれだが、ソウヤは去る者は追わない主義だった。


 短い期間とはいえ退職金を出して、新たな門出を見送った。

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