第532話、血の臭いと衝動


「どうしてこうなった?」


 ソウヤは湧き上がる苛立ちを押し殺す。


 飛空艇の甲板上で行われたガルと椿の戦い。レクリエーションなどと言っていたが、とてもそのようなものには見えない激闘だった。


 互いに殺しにかかっていた。


 実際、ガルは椿の側頭部に鉄針を刺した。椿は本体が刀のほうらしいから問題ないらしいのだが、人間だったら死んでいた。


 ガルにしても、持っていたダガーを破壊され、体が刀に触れていたら両断されていただろう。


「衝動にござる」


 椿は堂々と言い放った。戦闘での怪我は、いまは痕跡すら残っていない。誰かが回復魔法を使ったわけではないから、妖刀というのは本当なのだろうとソウヤは思った。


「私の嗅覚が、濃厚な殺意と血の臭いを感じたのでござる。そうなるともういてもたってもいられない身体にて、勝負を挑んだでござる」

「……怪しい気配を感じた」


 ガルがいつもの淡々とした調子で言った。


「血と殺人の臭いがした。これはいけないと思った」

「臭いのせいか。お前ら体を洗ってるのか?」

「ソウヤ、そういうのじゃない」


 エイタがツッコミを入れる。ソウヤは難しい表情のまま答えた。


「わかってる。冗談だ」


 正直、どうでもいい冗談を入れないと自分の中で怒りが抑えられないと思ったのだ。妖刀と暗殺者――独特の嗅覚に反応したのはわかっている。それをやめろとは言わない。それはガルと椿の長所を潰す愚策に他ならない。


 素人に手を出したのでもなく、二人ともその界隈のことはソウヤよりも知っているはずなのだ。釈迦に説法だ。


「正直、こっちは生きた心地がしないから、ガチでやり合うのだけはやめてくれ。死人が出ては困る」

「わかった」


 ガルは頷いた。


「だが、ひとつ言い訳をさせてくれるか?」

「何だ?」

「本気でやらねば、おそらくやられていた」


 この熟練暗殺者に、そのように言わせた。手を抜く、あるいは加減をしていれば、それこそ死んでいたとガルは言ったのだ。


 妖刀「椿」、恐るべし。


「ソウヤ殿」


 その椿が目を光らせた。


「私とひと勝負、お願いしたいでござる」

「は? ――お前、オレの話聞いてた?」

「椿、いい加減にしろ」


 エイタが声を荒げた。


「これ以上、面倒を増やすな」

「そうは言うがエイタ殿。ソウヤ殿から、凄まじく強い気を感じているのでござる! これは……これは――!」


 妖刀娘が歯を剥き出した。


「我が刃にて切り裂き、血をすすりたいでござるぅ!」

「やめろと言うのに。……おい、リム。お前が作ったんだろう、何とかしろ」


 エイタの言葉に、ジンの腕を組んだままのリムが唇を尖らせた。


「しょうがないじゃない。ツバキが強いヤツを斬りたがるというのは本能なんだから。……アタシと同じで、血が大好きだもの」


 ――なんて、怖い目しやがる……!


 リムの言葉に周囲を征する圧が含まれる。竜の威圧、それ以上の圧力に、周囲が圧倒されるのを感じる。


 ――魔王以来じゃねえか、これはよ! なるほど、コイツはヤベェ奴だ。


 ポン、とそんなやばいリムの頭を老魔術師が叩いた。


「やめなさい」

「いたーい! 暴力反対!」

「周囲を恫喝する勢いで気をぶつけておいて何をいう。触らなければ暴力じゃないとでもいうつもりかね?」


 ジンがやんわりと叱った。


「あと、わかっているね?」

「ツバキ、お座り」

「……むぅ、残念でござる」


 椿は刀にかけていた手を離した。刀が本体と聞いているが、これではどちらが本体なのかわからない。


「お騒がせしました、ソウヤ殿」


 大きく頭を下げて詫びた椿は、自分の船へと帰って行った。エイタも詫びる。


「迷惑をかけたな、ソウヤ。そしてジン、すまない。……ついでに、そのクソ魔女にもちっと灸を据えてもらえると助かる」

「わかった。リム、ちょっと付き合いなさい」

「付き合う付き合う! お仕置きしてぇー!」


 リムがはしゃいでいる。リアルに目にハートマークが浮かぶとしたら、こういう場面なのだろう、とソウヤは思った。


「で、迷惑ついでなんだが、ソウヤ。ひとついいか?」

「なんだ、エイタ?」

「ソウヤは勇者として、この世界に呼ばれたんだよな?」

「そうだが?」

「元勇者、と紹介されたが、力はその時のままなのか?」

「どういう意味だ?」

「さっき、うちの椿とガルってのが戦っただろう? もしお前が椿と戦っていたら、あいつを倒せたかって意味さ」


 冗談でもなく、本気の目でエイタは聞いてきた。


「必要ならな。魔王を倒してから、若干鈍っているかもしれないが、必要なら、あの刀をへし折るくらいはできると思う」

「大きくでたな」


 エイタは凄みのある笑みを浮かべた。


「なあ、ソウヤ。頼みを聞いてくれないか?」

「何だ?」

「腕試しってやつさ。疑うわけじゃないが、魔王を倒したっていう実力をみたい」


 エイタは真顔になる。


「さっきのことがあるから、正直タイミングは最悪なんだが、ああいうことがあったからこそ、なんだ」

「というと?」

「うちにはさ、魔王並に厄介なヤツがいるからさ。面倒が起きた時に押さえることができる仲間が欲しいんだよ」

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