第526話、霧の海ダイジェスト


「クレイマン王だと!?」


 ガタン、とイリクが勢いよく立ち上がった。


「ライヤー、どういうことだ?」


 ――あ、イリクさんは知らなかったんだっけ。


 ジンが伝説のクレイマン王だということを。ライヤーもそれに思い至り、自分の失言に気づいた。


「あー、いやー、かのクレイマン王の伝説並に興味があるって意味だ!」


 ライヤーはそう説明した。少し苦しい。


「だってそうだろ? 異世界から来た船の話だぜ? あんただって気になるだろ?」

「まあ……そうだが」


 イリクは席についた。


「それはそうと、ジン殿も異世界から来られた方だったのですね」

「まあね。私は今はここにいる。敢えて他の世界からきたと説明する必要はなかった」


 ジンは淡々と言った。ソウヤは口を開く。


「まあ、珍しいがいないわけじゃない。オレだって、魔王討伐のために召喚された口だし」


 うやむやにしつつ、ソウヤはジンに先を促した。


「話せば長くなるから、この場では最低限の話で済ませる」



 老魔術師曰く、とある世界で渦に巻き込まれて、エイタたちのいた霧の海世界にいた頃があるのだそうだ。


 そこで飛空艇を手に入れ冒険に明け暮れた。一度その飛空艇を失うも、新しい船を作り、冒険を続けた。


「その辺りの冒険を詳しく」


 ライヤーが口を挟んだが、ジンは「またの機会にな」とスルーした。


 そして世界の果てと呼ばれる場所へ来た時、失ったはずの船と再会した。


「ディアマンテ号というのだがね。銀色に輝く美しい船だった」


 その船は、霧の魔女リムが盗んでいた。ジンはディアマンテ号を取り戻したと同時に、リムの死体を発見する。


「死体……?」

「正確には再生中だったのだ。彼女は不老不死だからね。死なない体なのだよ」


 不老不死――イリクやライヤーが驚いた。ミストが目を鋭くさせた。


「気になっていたのだけれど、霧の魔女って?」

「あの世界で恐れられていた魔女だ。先にも言った通り、不老不死。人や生き物をさらって実験したり惨殺したりと……まあ、お友達にはなりたくないタイプだな」


 復活したリムは、当然のごとくジンに襲いかかったが、返り討ちにあう。だが殺しても死なないリムに対して、ジンは古代文明時代の呪いの首輪を彼女につけた。


 その呪いとは、『生き物が殺せなくなる』というもの。殺人も平然と行う極悪非道なリムは、その呪いのせいで、どうにか人の手に負える存在になった。


「まあ、あのまま霧の海の伝統に従い、海に落としてやればよかったと後悔したことはあるがね……」


 その後、旅を続けていると、エイタたち、カボチャ海賊団に出会った。霧の海世界ではお尋ね者だった彼らだが、海賊としては非常に紳士的で、無駄な殺生を避けていた。追われている理由も、船のせいということもあり、ジンは彼らに手を貸すことにした。


「なんやかんやあったが、楽しく過ごしたよ」


 だが別れの時はきた。圧倒的多数の敵に包囲されたサフィロ号を救うために、ジンは囮役を引き受け、敵を渦に引き込み、全滅させた。


 そしてジン本人は、その渦で異世界に転移した。



「……というところでおしまい。私の霧の海世界の冒険はそんなところだな」


 ――へぇ、そんなことがあったのか。


 ソウヤは、すっかり聴き入っていた。クラウドドラゴンが首を傾げた。


「そのリムは、サフィロ号にいたようですが、別れの時、一緒ではなかったのですか?」

「さっきも言ったが、お友達にはしたくないタイプだったからね。霧の海世界とおさらばする時に、エイタ君たちに押しつけた」

「それで……あれですか」


 オダシューが、甲板でのジンとリムのやりとりを思い出したように言った。


「おれもよくは知りませんが、かなり、面倒そうでした」

「一途なんだがね、かなり病んでいるよ。快楽殺人のケがあったから、お察しだよ」


 ――そりゃ、お付き合いはごめんだな。


 しかし甲板でのリムを思い出すと、まだまだジンに執着がありそう。


「というか、爺さん。リムに好かれていたのか?」

「ワタシも思った。初見で襲われたんでしょ?」


 ソウヤとミストが疑問を口にする。ジンは顎髭を撫でた。


「最初は事情を知らなかったからね。女性から突然襲われたら、事情を知るまで命は奪えない」


 霧の海世界では、霧の魔女は子供でも知っている存在だが、ジンは異世界人だから疎かった。


「まあ、何だかんだ一緒にいるうちにね、すっかり懐かれてしまってね」

「ご愁傷様」


 ソウヤは拝む真似をする。


「それで、俺としてはエイタたち海賊団を受け入れようと思うが、誰か意見はあるか?」

「海賊つっても、こっちじゃ違うんならおれは構わないぜ」


 ライヤーはそう発言した。オダシューも頷き、ミストは意地の悪い顔になった。


「まあ、リムさえ何とかしてくれるなら、いいんじゃない」

「あら、珍しい」


 クラウドドラゴンが目を細める。


「てっきり何かあれば戦う気かと思ったのに」

「不死身の奴を相手にするなんて、不毛なことはしないだけですよ」


 ――そうだよな。


 死なない存在と戦うなんて時間も体力も無駄である。他に意見はでなかったので、ソウヤはこの場の全員の賛同を受けたと解釈した。


「では、決まりだな」



  ・  ・  ・



 一方のサフィロ号。エイタは、幹部クラスを集めて、今後の活動として、銀の翼商会の護衛をやることで、活動物資を得るという方針であることを説明した。


「私は船長に同意します」


 副長であるヴィオラは答えた。


「海賊をしなくても物資が確保できるなら、それにこしたことはありません」

「カボチャ以外のモノも食えますかね?」


 ポーキー族のリーダー、デュコイは瞬きした。女サムライの椿はにっこり顔である。


「エイタ殿の決められたこと。文句はござらん」

「リムは……聞くまでもなかったか」


 ずっとゴールデンウィング号のほうを見つめている黒猫もどきの姿に、エイタは肩をすくめるしかない。


「サフィーもいいな?」

「魔石をもらえるなら、それでいいのですー」


 操舵輪に取りつく、青髪の少女は元気よく手を挙げた。


「じゃあ、今日から海賊団あらため、傭兵団だな」


 エイタはそう宣言した。

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